エムナマエのロゴ
エムナマエワールドプライベート盲導犬アリーナ日記毎日が感動
ギャラリー新着情報サイトマップホーム英語

 

◆スウィッチ・オン

失明してからしばらくして、見えなくても絵を描くのは可能だと思う様になった。 視覚をたよらなくても、手が充分にドローイングの軌跡を伝えてくれる。 だが、いざ描こうにもその動機がない。 ボクの中の少年が悪戯心を起こして、描いたらみんな驚くぞと誘惑もする。

 しかし、十五年間は曲がりなりにもプロの画家だった人間にとって、それが出来たとしても褒められる様な類のことではない。 むしろ、向こう受けを狙ったスタンドプレイは慎むべきと考えていた。 いずれにせよ、責任の持てない仕事をするべきではないと、ひたすら作家としての道を模索する毎日だった。

 ところが、婚約者が結婚の記念に絵を描いてみたらと切り出した。 ボクも調子に乗って、それじゃ驚かしてやろうか的な気持ちが頭をもたげた。 そして一気に描いた。 すると、彼女がまるで子どもの様にはしゃいだ。 素直に喜んだ。

 あれれ。 ボクの中で予想もしない化学変化が生じた。 驚かせてやろう的不遜心が彼女の無邪気さに反応して、まるで性質の異なる結晶に変化したのだ。 幸せな充実感に心身が包まれた。 これまで感じられなかった彼女との一体感。 もう二度と味わうことがないだろうと、あきらめていた画家としての満足感。 パチンと心のスウィッチが入った。 これなら描ける。

 そしてボクは今も描き続けている。 時にひとりで。 時に家内と一緒に。 障害者向けのご褒美をもらうためではない。 ボクにとって、絵をかくことがすべてだからだ。 紙でも心でも、いつも絵をかく自分でありたい。

画家として復活して間もない頃  エム ナマエ



  Copyright © emunamae