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◆ 海の涙

 30年ほど昔、ぼくの十代最後の夏の終りのことでした。そこは伊豆七島のとある海岸。太陽に輝く入道雲を見上げながら、ぼくは熱い砂浜に腰をおろしていました。手さぐりで乾いた砂をつかみ、サラサラと指の間からこぼれ落ちるのを感じていると、あれ、手の中に何かが残ります。見ると、日光を鈍く反射したエメラルドグリーンのかけら。宝石だろうか。すごい発見をしたような気分になって周囲を見渡します。他にもないだろうか。すると、あるのです。エメラルド、トパーズ。ここは「銀河鉄道の夜」に登場する銀河の岸辺のようだ。ぼくは夢中で宝石のかけらを集めました。しばらくすると、かけらはかなりの数になっています。ここが宝石の産地だと聞いたことはありませんから、宝石なんかであるはずがないのですが、美しい。エメラルドのかけらなど、まるで海の涙のようでした。ぼくは集めたそれらを大切にポケットにしまいました。

 秋の入り口の気配を感じながら、ぼくが人気のなくなった海岸を宿に戻ろうとすると、ちくり。足先に痛み。あっ、ガラスのかけら。そこいらにはサイダーやビール瓶の破片が散らばっていたのです。ああ、なんと…。ポケットの宝石の正体がわかったのです。エメラルドはサイダー瓶の破片。トパーズはビール瓶。ガラスのかけらは波に洗われ、摩滅し、そして宝石のように加工されていたのでした。

 皮肉にも、真実それらのかけらは海の涙だったのです。当時から、すでに海は泣いていたのでしょう。人間はそれからも海を汚し続けています。いくら広大無限のように見える海でも、地球は閉鎖された空間なのです。直径1メートルの地球儀で考えると、命の許される生命圏は地表からわずか1ミリメートルの範囲しかありません。そこに命のすべてがひしめいているのです。人間はこの聖域を、もうこれ以上汚すことはできないのです。


2000年「ベアフット協会」機関誌掲載

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