■ 全盲のイラストレータが舞台「元禄光琳模様」に江戸のバブルとブランドを見た
◆ だいたいが怠け者である だいたいが怠け者である。そもそも体力がないから気力もない。人工透析20年の勲章「副甲状腺機能亢進症」のおかげで、骨からカルシウムがどんどん抜けて、最近では身長も低くなったから、歩くのも面倒臭い。背骨のあちこちが潰れているらしいのだ。ということは、座高が低くなったはず。なのに家内からは、足が短く見える、を連発され、ますます外出する気がなくなる。ああ、助けてくれ。 そのくせ、万歩計のデータを日記につけるのを楽しみにしているから、膝が痛くても無理をして歩く真似。やたらと両足を動かしたりする。でも、寒いから、部屋の中を熊みたいに、のっしのっしと、いったりきたり。馬鹿である。
◆ 見えないけれど、舞台が好き 以前も書いたことがあるけれど、全盲になってからの方が舞台や高座をよく見るようになった。コンサートやライブも、目の見えている頃よりはマメに通っている気がする。けれども怠け者であることに変わりはない。まず切符を取るのが面倒臭い。あの「ぴあ」とかいうシステム、面倒ですねえ。電話かけたって、普通におしゃべりするように、スムースにはいかないみたい。回線が混雑しているから、あとでかけてくれ、というようなアナウンスが流れていたり、どうやったってつながんなかったり、つながったらつながったで、やたらとボタンを押さなければならないハメになり、途中でやんなっちゃったり、切符を取るのに、なんで俺がこんなに苦労しなきゃあなんないのかと原を立て、てやんでえ、俺は客じゃねえかよ、とベランメエでたんかのひとつも切りたくなる。やあ、切符を取るのが面倒で、いきたいと思っている割には、それほど出掛けていません、という話題へと運んでいるつもりなのです。すいません。
◆ ある日、突然 題名
: 突然ですが ある日、突然、「突然ですが」というタイトルのメイルが飛び込んできた。当時進行中の企画でお世話になっているイベント会社からである。内容は以下の通りであった。差出人に迷惑のかからない程度に紹介させていただく。 エムナマエ様 お世話になっております。実は、小生が今回東京に行くことになったのは、芝居の制作です。尼崎市が出しています近松賞(行政が出しているものでは日本で一番高い賞金らしいです)をうけた作品「元禄光琳模様」を日本で一番売れっ子の宮田慶子さん演出。出演、太川陽介、かとうかず子、大沢健、岩崎良美ほかでやります。テンポのいいわかりやすい芝居になっています。この作品は、元禄時代の絵師、尾形光琳の生涯を描いた作品で、尼崎では市の主催でもあり、連日満員でした。明日の打ち合わせのためにエムさんの家を調べていまして、経堂の駅の近くだということがわかり、下北沢駅前の本多劇場まですぐなので、お忙しくしていらっしゃるとは思ったのですが、一度お誘いしてみようと思いました。3時間もある芝居ですが、テンポ良く。大阪でもライトハウスの方などが来られていましたので、興味お持ちでしたらご招待いたします。 以上のような内容である。あはは。やったね。テーマにも出演者にも興味あり。宮崎県の知事になられた芸人さんの奥様だった方も出演されていて、話題にもなっているらしい。観客よりも取材陣の方が多かったら困るとばかり、取材は一切お断りとか。おまけに切符を取る手間いらず。これは感謝感激、雨霰。早速、ご厚意をいただいた。
◆ 腹具合に急変 当日、いきなり腹具合がおかしくなった。流行遅れのノロウィルスにでもやられたか。いや、病気ではないらしい。要するに前の晩に食べ過ぎたのだ。 「ボク、お腹、痛い。下北沢、いけない。ボク、おうちで寝てる」 こういったら家内にどやされた。 「なにいってんの。買ったら何千円もする高価な席ですよ。無駄にするなんて、とんでもない。罰が当たります。神様の逆鱗に触れます。勿体ありません」 と叱られた。で、ボクはお腹をさすりさすり、右足と左足を交互に回転させながら、小田急線に乗ったのである。 劇場に到着した途端、トイレに駆け込む。便座に座ったら、役者さんの声。やばい。芝居が始まってる。でもなあ、芝居も途中でやめられないように、俺も途中ではやめられない。
◆ 最前列 ちょいと遅れて座ったが、なんと最前列。客席は満員。遅れた理由は私だけが知っている。わあ、恥ずかしい。 最前列をいただいたおかげで、演者の動きから衣擦れの音まで、手に取るようによく見える。熱演でもあるし、リズムもいい。役者の皆さんは一流揃い。ボクのアイドルだった岩崎良美さんが、手を伸ばせば届きそうな空間で演技なさってる。わあわあ、どきどき。それに、太川陽介、いい役者になったなあ。うまいなあ。本気の演技はいいなあ。いい演出だなあ。脚本がいいなあ。これで見えたら、もっと面白いのかもしれないね。でもな、見えないから楽しいことも、きっとあるさ。なんて、あれこれ思い浮かべながら、とても短い3時間でした。
◆ 金を握るやつが時代を握っていていいのかよ エム
ナマエも現代のイラストレータ。尾形光琳も江戸の絵師。まあ、同業者といえば、いえなくもない。尾形光琳関係からは抗議が殺到するだろうが。 昭和から平成にかけてバブルがあったように、江戸にも元禄時代があった。バブルが銀行に踊らされたように、元禄も銀座の金銀相場に踊った。時代に舞うやつ、笑うやつ。金と名誉と女たち。わーいわい。俺の周囲でも、同じような話を聞いたな。 元禄がバブルなら、光琳模様はさながらルイビトン模様。江戸が光琳模様で満ちたように、東京の街では今もブランドが往来している。江戸と平成。今も昔も、踊るやつは踊っているし、踊らされている人は、知ってか知らずか、踊り続けている。いや、人間は変わらない。いつの時代も繰り返し。歴史に学ばないのが人類かもしれないね。そういえば、米国はイラク紛争にベトナム戦争以上の予算を費やすとか。馬鹿だねえ。そんなこと、考えれば俺にだって分かるぜ。まあ、俺はバブルの恩恵には、まるで無縁だったけどさ。 舞台「元禄光琳模様」。もしも近くでやってたら、足を運ぶ価値ありです。一見をお勧めいたします。いやあ、映画も芝居も不思議だよね。嘘だと分かっていても、演技だと思っていても、その世界に引き込まれる。人間は想像力の生き物。考える力、相手の立場になって思う心を失ったら、この世界は終わるでしょう。空から爆弾を落としてみても、問題は永久に解決しない。ただ、木っ端微塵にされ、炎上している瓦礫の下で、怨念が燃え盛るだけ。個人と個人、国家と国家の境界線を愛と慈悲の美しい爆弾で破壊できたらいいのにね。いや、無力な俺が、こんなことを書いても恥ずかしいだけなんだけど。 09/02/2007
|