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■ 映画『あらしのよるに』観ました 2005/11/26

◆ ボクがいうと変なのですが
 ボクがいうと変なのですが、噂の映画『あらしのよるに』を観ました。これで失明してから二度目の映画鑑賞となります。
 アニメ映画『あらしのよるに』は、爆発的人気の絵本の映画化です。原作者は木村裕一氏。人気絵本作家ですから、ご存知の方は多いでしょう。今更ボクから紹介する必要もありません。けれども、ひとつここで彼との裏話でもいたしましょうか。

◆ 木村君との裏話
 打ち明けると、木村氏とボクは長くて深い付き合いの友人なのであります。1978年の夏、ボクと彼はロンドンに向かうジャンボの機内で知り合いました。『不思議の国のアリス』の作者、ルイス・キャロルの足跡を探索する旅の参加者同志として出会ったのです。児童文学者、絵本作家、イラストレーター、編集者。参加者たちは約二週間、味わい深い旅を経験することになります。それには木村裕一氏のユニークなキャラクターによる影響も少なからずありました。
 帰国後しばらくして、木村裕一氏は童話作家としてデビューしました。それまでの彼は造形作家として知られる貴重な存在だったのですが、その造形や立体や映像のセンスに加えて文筆という才能を花開かせて、独特の童話や絵本世界を発表し始めたのです。
 付き合えば付き合うほど、彼の非凡さに驚かされます。そうです。彼は本物の天才だったのです。

◆ 目が見えていた時代、最後の絵本
 彼との最初の仕事は仕掛け絵本でした。実によくできていました。ボクなんかにはとても考えつかないアイディアに満ちています。おかげでボクは本当に楽しく絵をかけたのです。
 ある日、有名出版社から仕掛け絵本を考えてはみないか、とオファーがありました。ボクには無理だなあ。そこで、すぐ頭に浮かんだのが木村裕一氏のことです。ボクは早速彼を担当編集者に紹介しました。やがて出来上がったのが仕掛け絵本『ポチ博士』シリーズです。そして、この仕事がボクの目が見えていた時代、最後の絵本となりました。
「やばいじゃん」
 失明寸前である事実を伝えたときの彼の言葉です。当時、エム ナマエが失明の危機にあることはほとんどの人が知りませんでした。けれども木村君には打ち明けることにしたのです。最後の仕事の相手となった。そういう理由があったからかもしれません。
『ポチ博士の変身自動車』、『ポチ博士の帽子まてまて』 偕成社
 2冊の絵本は、一生懸命ではありましたが、失明先刻されてからのぎりぎりの視力で仕上げた絵本です。エム ナマエとしては100点満点の出来ではないかもしれません。おそらく、その言い訳がしたかったのでしょう。いずれにせよ、木村君は失明を共有してくれた数少ない友人のひとりとなってくれました。

◆ 復活の日々で
 やがて光を失い、命を人工透析でもらいながらの暮らしが始まりました。エム ナマエ、第二の人生です。
 ボクは画家をあきらめ、作家転向への道をひた歩いていました。決して平坦な道ではありません。けれども失明の年の暮れ、先輩、東君平さんからのアドバイスおいただいての処女長編童話『宇宙からきたネコ博士』を書きあげたのです。
 ボクはとある編集者に原稿を読んでもらいました。評価はボクの予測よりも低いものでした。
「カレーライスばかり食べている人に、カレーライスを食べさせるのは難しいかもね。今度はラーメンばかり食べている人をさがすといいよ」
 これが木村君からのアドバイスです。いやはや、うまいことをいう。ボクは早速ラーメンの好きそうな編集者の顔を思い浮かべました。そしたら、ああ、いたのです。いや、その、いらっしゃったのです。
 処女長編童話は『UFOリンゴと宇宙ネコ』として出版され、新人賞をいただく幸運に恵まれました。
 やがてボクは全盲のイラストレーターとして画家に復活し、いくつかの賞をいただきます。それら受賞パーティーのすべてに木村裕一氏は出席してくれました。
「いいなあ。受賞すると著者紹介に書けるじゃん」
 その頃、彼は無冠のチャンピオンだったのです。

◆ すごい絵本が出た
 出版されてすぐ、『あらしのよるに』は仲間の間でも評判になりました。友人の児童文学者さとうまきこさんは電話でこう語ります。
「エムさん、早く読むべきよ」
 確かに面白い絵本です。仕掛け絵本という形式ではないのに、イラストレーションと文章が巧妙に絡まって、見事な仕掛けを演出しています。ヤギとオオカミ。餌と肉食動物。ご馳走とお客様。その食べられる存在と食べる存在が親友になっていく。嵐の夜、という特殊な状況で生まれた危うい友情。それはどこか男と女の関係にも似て、なんとなくセクシーでもありました。
 木村裕一、絵本賞受賞。彼は無冠の帝王ではなくなりました。受賞記念パーティー。今度はボクが彼のパーティーに参加する番となりました。パーティーは次々と開かれます。とうとう木村裕一の才能は爆発し、彼の季節がやってきたのです。

◆ 映画『あらしのよるに』を観て
 十数年前、ボクは家内と映画を観にいきました。恩人である方が原作者となった映画です。それが失明してから初めて映画館に入場した経験でした。そして今年の11月26日、ボクは再び映画を観ることになったのです。アニメーション映画『あらしのよるに』。盲目のボクに、それが楽しい体験となるか、それとも苦痛の時間となるかは映画の仕上がり次第となるのです。
 試写会に入場するため、階段には長蛇の列ができていました。入場すると、ボクの前の座席には世界的絵本作家、杉田豊先生。右の座席には太田大八画伯。みんな木村裕一の仕事に注目しているのです。
 サラウンドの身体が震えるほどの音の中で、ボクは涙をこらえるのに必死でした。木村裕一の頭の中にあった世界が、ボクの眼前で、ひとつの世界になって展開している。迫力あるサウンド。肉薄した鳴き声。リアルな語り。美しい音楽。そのすべてがボクに迫ってきました。
 けれど、やはりドラマの中心は会話です。ヤギとオオカミの間で交わされる会話が、生きることの本質を、改めて問いかけてくるのです。絵本で、舞台で、ラジオで何度も耳にした会話。けれども、ここ映画館の座席で身体すべてを耳にして聞く会話は、ボクの琴線を激しく震わせてきます。木村裕一なんかに泣かされてたまるものか。ボクが涙をこらえているうちに物語は意外な形で幕を閉じるのです。その形については、とりあえず内緒にしておきます。
 映画が終わって、次第に盛り上がっていく拍手。過去いくつもの試写会を経験してきましたが、拍手のあがった試写会は覚えていません。おそらく初めての体験でしょう。そして、いつの間にかボクも拍手している自分に気がつきました。
 誰かさんの真似ではありませんが、
「やあ、映画って、いいもんですよね」
 と改めて確認した夜でした。    エム ナマエ 2005/12/07


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