エムナマエのロゴ
原稿用紙プライベート盲導犬アリーナ日記
ギャラリー新着情報サイトマップホーム英語
 
  

■ エルビス去って、30年

◆ データ復旧の深夜です
 全治1週間で、コンピュータが退院した。けれども、本体が全快しても、失ったデータは戻らない。そこでフロッピーディスクの助けを借りる。バックアップしておいたファイルを呼び出すのだ。だが、ボクは慄然とした。読み取れない。修理を終えたはずのコンピュータが、バックアップ用のフロッピーディスクを読んでくれないのだ。そうか。フロッピーディスクは劣化するのか。
 磁気遮断ケースに保存しておいたのに、フロッピーディスクが劣化している。それは電磁的なものなのか、それとも機械的なものなのか。
 ボクは試しに1996年購入の歴史的コンピュータにフロッピーディスクを読み取らせた。すると見事にロードする。過去の記憶が蘇生される。容量の小さなコンピュータだから手間がかかる。計算エンジンも時代遅れだから、時間もかかる。けれども、劣化しているはずの磁気記録を確実に読み取ってくれるのだ。もしかしたら、鈍感の方が頑丈なのかもしれない。低性能の方が賢いのかもしれない。
 助かった。これならデータ復旧可能である。大切なデータが磁気記録されている大量のフロッピーディスクを抱えながら、ボクは安堵の吐息をもらしたのである。
 マシーンたちは本当に進化しているのだろうか。速いことと頑丈であることは反比例するのではないだろうか。ボクは旧式のコンピュータを操作しながら考えた。そして気がついたのである。すべては業界の企む仕掛けなのだと。

◆ 深夜放送をBGMに
 TBSラジオのバツラジにはまっている。シンボルキャラクターを担当してる身の上のボクとしては、本当だったらこの時間帯、『ラジオ深夜便』を傾聴していなければならないのだ。ところが、24時から25時まで、ボクはバツラジに夢中である。パーソナリティのミヤカワマサルには「ダレオマ」の時代から注目していた。毎週土曜日午後のパカパカ行進曲も楽しみにしている。おまけにライターたちがバカでいい。頭がいいってことは、つまりバカだってことなのだ。
 ボクは知っている。ミヤカワが『ラジオ深夜便』を意識してるってことを。どちらが聴取率を稼いでいるか気にしてることを。その証拠に、放送中のミヤカワは『ラジオ深夜便』という言葉を何度も口にしているのだ。そりゃあそうだろう。民放だから、時間帯の聴取率ナンバーワンをゲットしたいに決まっている。けれども、もちろんNHKの深夜便のアンカーたちの事情は違う。バツラジの存在を知らないし、ミヤカワの名前も聞いたことがない。なんなら、このボクがアンカーに直接聞いて、確かめてみましょうか。
 さて、ほとんど機械的にデータ復旧作業をしているボクにバツラジが、本日はエルビス・プレスリーの命日であると伝えてきた。瞬間、手が止まる。そうか。あれからジャスト30年が経過したのだ。

◆ 1977年ナイロビ
 山ほどの荷物である。初めてのケニアで、見るもの聞くもの、みんなわくわく。片っ端から買い物したから、荷物は倍増。ボクは計量カウンターで引っかかった。
「よくぞまあ、こんなに荷物を増やしたもんだ」
 寺村輝夫先生が横であきれてる。1977年8月。ここはケニア、ナイロビ空港のカウンター。これからボクらは東京へ戻るのだ。
 一行は童話作家、寺村輝夫先生を先導者に、絵本作家の和歌山静子、杉浦繁茂、織茂恭子と絵本マニアならぞくぞくするようなメンバー。それに詩人の東君平さんとボク。小学館の編集者や寺村先生の教え子の保育士たちも旅のメンバーである。
 ボクらはケニアの首都ナイロビ空港を離陸した。2週間のサファリは豪華絢爛。数々の自然公園やロッジ、ナイロビからインド洋の真珠、モンバサまでの豪華寝台特急の旅とメニューも豊富だった。コンポーザーがアフリカ博士の寺村先生だから、楽しくないわけがない。その幸せな気分で満腹のボクらはナイロビ東京直行便の機上にあった。これから27時間の空の旅となるのだ。

◆ 新聞が配られた
 BOACの小さな飛行機である。ジャンボのような横幅の広い客室ではないから、乗客はフレンドリーに挨拶したり、会話をしたり。そこに乗務員が新聞を配る。乗客が横文字の紙面を広げる。そして第一面の大きな活字がボクの目に飛び込んだ。
「エルビス死去」
 呆然とする。そして青い目と言葉を交わす。
「エルビスが死んだなんて、信じられないよ」

◆ 72歳のプレスリー
 あれから30年が経過した。もしもエルビスが健在だったら、今年で72歳になるという。72歳のプレスリーがどんなロックンロールを歌ってくれるのか、楽しみでもあるし、恐怖でもある。けれども、80歳のシャンソン歌手、シャルル・アズナブールが見事な歌声を披露してくれているのだから、72歳のエルビス・オンステージも悪いはずがない。
 ビートルズに夢中になるまで、ボクはエルビスが好きだった。小学校2年生の冬、ボクはスキー場の温泉宿にあったジュークボックスから流れてきたエルビスの『ハートブレイクホテル』の、あのエコーのかかった歌声を忘れることができない。あれから50年以上が過ぎてしまったが、今でも『ハートブレイクホテル』を耳にすると、ボクの身体は温泉宿の香りに包まれてしまうのだ。
 1977年、エルビスが召された。1986年、君平さんが召された。2006年、寺村先生が召された。そして、誰でもいつかは天上に召されていく。けれども思い出は消えることなく、時の流れとともに鮮烈になっていく。生きていること、去っていくこと。すべての命が、大いなる仕事を果たしていくのだ。18/08/2007
 

  Copyright © emunamae