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原稿用紙プライベート盲導犬アリーナ日記
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■ アリーナ あれから三年 たちました

◆ 手を出せば 君の柔らかな 長い耳
 2007年9月9日、横浜のルミナントチャリティーコンサートでアリーナの思い出を語らせていただきました。マリンバの久保友子さんを中心に、犬の大好きな正統派の音楽家たちが集い、これまで何度も介助犬のためのチャリティーコンサートを開いてきたのでした。
 崇高で美しく、鍛え上げられた演奏の合間の15分間のスピーチです。あまり上手な話でもありません。けれど、アリーナへの感謝をこめて、一生懸命に語りました。もしかして、それがよかったのかもしれません。ボクの思いは皆様に伝わってくれたようでした。。
 2004年10月10日、アリーナが星になってからというもの、ますますその存在は大きくなっていきます。翌年の2005年は神田神保町すずらん通りの檜画廊でアリーナへの感謝の気持ちを絵にした個展『ありがとうアリーナ』も開きました。その後も、この感謝の気持ちとアリーナと家内と過ごした宝石のような日々を一冊の本にまとめようと試みています。けれども書けないのです。個展のすぐ後、大きな手術のため、北海道は旭川医大病院へ2ヵ月半も入院をしたことにも原因はあったでしょう。けれども、本当の理由は書く勇気がないのです。どう書こうとしても、これでいいと思えないのです。どう表現しても、あの美しい日々が形になる気がしないのです。
 この命のあるうちに、アリーナと家内への感謝の気持ちを形にしたい。そう思いながら、今日もボクは時の流れに肝を冷やしているのです。

◆ 盲導犬 いつも一緒の 守り神
 2007年9月20日、お伊勢参りにいきました。2005年の個展『ありがとうアリーナ』のすぐ後の、あの旭川医大病院への入院で、閉塞性動脈硬化症による両足切断の危機から救われた、そのお礼参りだったのです。
 以前から伊勢神宮にお礼参りにいきたいと、ずっと願っておりました。本来、神様は感謝の対象です。ここに生まれたこと。今を生かされていること。自分が幸せであると感じようとも、不幸せと嘆こうとも、この瞬間に命ある事実に合掌せずにはおられません。毎日必ず天に向かって感謝の言葉を述べてはおりますが、やはりお礼参りは伊勢神宮。伊勢神宮こそ、日本神道ヒエラルキーの頂点なのです。
 そして、やっとそのチャンスが訪れたのです。7年ぶりの伊勢神宮でした。早朝の新幹線で名古屋駅。近鉄に乗り換えて伊勢神宮。7年前もこのルートでした。そして、思い出すのは盲導犬アリーナのことばかり。電車に乗るときも、駅を歩くときも、鳥居をくぐり、橋を渡り、参堂をいって会談をのぼり、合掌をして御礼の祈りを言上するときも、そこまでの道のりをアリーナと歩いたことを思い出すのです。アリーナを失って3年。そして、時間が経過すればするほど、アリーナの存在が大きくなっていくのです。

◆ 神様の 懐でつく 赤い嘘
「ここ、本店の赤福は他と味が違うと聞きましたよ」
「いいえ。赤福はどこで買っても食べても同じです」
 問題が明るみに出る直前の赤福本店で、店員さんとこんなやりとりをしながら休憩をしました。コボちゃんの何よりの好物が赤福。伊勢神宮へいきたい本当の理由は、本店で赤福を食べることにあるのではないかとボクは疑っているのです。いや、本店の赤福が他よりも新鮮な感じがしたのは本当のことです。だからボクは本店の赤福と、新幹線の各駅で売られている赤福は違うと思っていました。それを真っ向から否定されて、あら変だな、と首をかしげたりしたのでした。

◆ 右の手に 思い出ハーネス 握りしめ
 さて、奈良へ急ぎます。東京から名古屋、伊勢神宮から奈良へと変則ルートの旅でした。旅の最終目的は奈良県の西大和学園。翌日、そこで講演をすることになっていたのです。
 西大和学園。京大への合格率を誇る優秀な学園。これが近所の評判です。駅から学園までのタクシーで、運転手さんが教えてくれました。伊勢神宮へのお礼参りができたのも、この学園からの講演依頼があったおかげでした。
 宿泊は駅前のビジネスホテルを予約してありました。初めての場所です。けれど、そこに到着して驚いたのは、名前は変わっていたけれど、1999年にアリーナと泊まったことのあるホテルだったからです。
 8年前のその夜、ボクらはお水取りでにぎわう奈良で、宿にありつけず、困り果てておりました。ホテルは満員を理由に宿泊させてくれません。ロビーでコボちゃんとアリーナと三人、ソファーでぐったりしていたら、支配人が声をかけてくれたのです。おそらく、アリーナの愛らしい姿が彼の目を引いたのでしょう。その夜、アリーナのおかげで、ボクらは広く清潔な部屋での安眠を獲得したのでありました。
 同じ建物を8年未来のボクと家内が歩きます。おそらくは、共通の感慨を胸に抱きながら。
 自動ドアを通貨し、エスカレーターで導かれ、フロントに達するまで、ボクは自分の右手にアリーナのハーネスを感じておりました。天にいるはずのアリーナが、ボクの隣にいてくれる。きっと、アリーナは今もボクと家内を、安全な旅へと導いてくれているのでしょう。

◆ 膝猫で パソコン俳句 たたいてる
 10月になって、やっと秋らしくなってきました。ボクは膝に愛猫をのせ、キーボードを叩いています。愛猫はキロン。今から12年前、アリーナが遊歩道で見つけた猫でした。獣医がサジを投げるほどに虚弱だった小さな猫が、今はアリーナの忘れ形見として、ボクの心を慰めてくれているのです。
 最近のボクは俳句や川柳にコってます。何かがあると、すぐに17文字にしようと言葉をひねるのです。この日も、ボクは言葉のやりとりに夢中になっていました。
「ピンポーン」
 ドアチャイムが鳴りました。どうやら宅急便。コボちゃんが相手をしています。
「あら、きれいな花だこと」
 どうやらお花が届いたらしいのです。
「ねえねえ、誰から?」
 けれどもコボちゃんは黙ったまんま。
「ねえねえ、教えてよ、ケチ」
 すると小さな声が聞こえました。
「そうだあ、今日は10月10日なんだあ」
 お花はルミナントの久保友子さんからアリーナへのもの。今日はアリーナの命日だったのです。

◆ アリーナは いつでもボクの そばにいる
 ボクも家内のコボちゃんも、10月10日がアリーナの命日であることを一度も忘れたことがありません。けれども、その10月10日が今日であることを、すっかり忘れていたのです。
 9月中に一冊の絵本を仕上げる。ボクらはその仕事のことで頭がいっぱいでした。けれども、仕事とは予定通りにはいかないもの。少し時間をいただいて、やっとすべての原画を仕上げたばかり。ボクらは安心のあまり、今日の日付確認をしていなかったのです。
 米国カーターズ社によるアリーナのヌイグルミが収められている飾り棚。そのてっぺんがアリーナの祭壇です。その前に、ルミナントの久保友子さんからいただいたお花を飾りました。香りの美しいお線香に火をつけると、ボクらは手を合わせました。目を閉じて、心をアリーナの魂へ向けていたら、何かおかしな音がします。
「あら、キロン。やめてよ」
「んにゃあ」
 目を開いたコボちゃんがアリーナの忘れ形見を抱き上げました。アリーナも花が大好きでしたが、猫のキロンは匂いでは満足できず、花まで食べてしまうのです。もしかして、それがアリーナへ対するキロンの祈りの方法だったのかもしれません。26/10/2007


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