エムナマエのロゴ
原稿用紙プライベート盲導犬アリーナ日記
ギャラリー新着情報サイトマップホーム英語
 
  

■ 鉛筆おえかき

◆ どうもボールペンが不機嫌でいけません
ずっと愛用しているボールペンメーカーがインクの内容を変更したのか、最近、特に湿度の高い季節になると、ボールペンの描線がインクでべたべたと汚れることがあるのです。絵本などの印刷の場合は、そのプロセスで、汚れた部分を技術的に除去してもらえます。けれども、いくら印刷が美しく仕上がっても、原画の汚れはそのまま。原画展では、この作品を展示するわけで、恥ずかしくてたまりません。
 右手のボールペンで線を描きながら、左の指先で痕跡をたどるボクの絵の作法の前で、この問題が大きな壁となってしまいました。ボクは勢いで描き、絵の全体をつかんでいきますから、インクの乾燥を待っていては絵が死んでしまいます。そこで、鉛筆で線を描くことを思いついたのです。

◆ 鉛筆による作業
 絵本『あしたのねこ』の見返し部分に絵とサインをするとき、紙面がつるつるなためインクがこすれてしまうので、ボールペンが使えず、ずっと鉛筆を用いていました。ですから、ここ最近はサインも手紙も鉛筆を愛用。その滑りと走りに心地よさを感じていたタイミングでしたので、ボールペンを鉛筆に持ち替えたら、快調そのもの。仕事が楽しくてたまりません。
 ただ、パステルで彩色するときの鉛筆のこすれの問題や、鉛筆の線が印刷に適するかどうか心配な面もありましたが、定着スプレーで技術的に壁を突破。保育絵本『ワンダーブック』の原画を鉛筆で仕上げたら、印刷でも美しい仕上がりを見せてくれました。というわけで、これからはボールペンばかりでなく、鉛筆君にも活躍してもらうことになりました。

◆ 夢中になれること
 鉛筆を用いる最大の利点はその描線の柔らかさにあります。インクの汚れも気にせず、鉛筆の走りにゆだねて絵を描くことは、実に心地よい作業で、生まれてくる動物たちも、いきいきと動いてくれているような気になってくるから不思議です。
 創る者にとっていちばん幸せな時間は、夢中になれる瞬間です。自分という存在のすべてが筆記具の先端に集中して、紙面との接点に世界が凝縮して、周囲が沈黙する。こんな経験ができたら最高でしょう。これから先、どれだけそんなことがあるのやら。けれども、創る意欲がある限り、まだまだ挑んでいくつもりです。

◆ 初心に戻って
 記憶にある最初の絵は藁半紙に描いた鉛筆の線です。それからどれだけ鉛筆のお世話になったことでしょう。けれども、成長とともに広がり、互いに絡まり合っていく世界を紙に写すとき、大きくなった自分は鉛筆をあまり信用しなくなってしまうのです。もっといい道具があるはずだ。もっとステキな絵の具があるはずだ。そうして、あれやこれやを手元に集め、試してみます。複雑な手法を考えます。こうした試行錯誤の経験の数々が、失明したボクに再び絵をかかせてくれたのです。
 今、鉛筆を握って白い紙に向かうボクは遠い昔に戻ろうとしているのかもしれません。夢中になれること。無心になれること。それが容易だった時代へ、鉛筆という古い友人が連れて行ってくれるのかもしれません。
 とはいえ、世の中は鉛筆のように、するすると滑ってはくれません。それでも、夢中になれる自分を創っていきます。
2008/07/18

 

  Copyright © emunamae