■ たずねネコのドングリ 2006/1/12
◆ 電信柱にポスター
「ドングリってネコが、おたずねものになってるらしいわよ」
「何?それ」
聞けば、行方不明になったネコちゃんのポスターが電信柱にはってあるらしい。
「たずねネコのドングリ、だってさ。笑えるでしょ」
「うん。でも、それだけじゃ見つからないよなあ」
「人相書きだってついてる。ふさふさの白い毛。まんまるの青い目。これだけでバッチリじゃない?」
話している相手は古くからの友人。失明したボクと遊んでくれているのだ。
「そうだね」
「ねえ、これで話がひとつ書けるじゃない」
「うん。ドングリって、おかしな名前だよね」
「じゃね。できあがってくる話も期待してるけど、ドングリが発見されることも祈ってるわ」
ボクは一晩じっくり考えた。ベッドに仰向けになると、くりくり目玉のネコのポスターと電信柱が見えてきたのだ。視点を上げてやると、地平線までずらり並んだ電信柱の行列。あれれ、電線が鳴っているぞ。
自分のお腹にはられたポスターを見て、電信柱が腕を振っているのだ。
「誰かドングリをしらないか!?」
電線が振動して、声が伝わる。そしてそれは遠い山並みへと響いていった。
できた。童話がひとつできた。ボクはボールペンを握り、白い紙に文字を刻み始めた。 「どう?この話」
「まあまあの平均点ね」
友人の評価は低かった。むむむ、口惜しい。ボクは黙って紙の束を引き出しにつっこんだ。
◆ 絵本になったぞ
数年したある日、電話が鳴った。仕事の依頼だ。
「もしかしたら、ドングリの出番かもしれない」
ボクは引き出しの底を探った。ああ、あったぞ。紙の束を引っ張り出す。さて、こいつを録音してもらって、と。
じっくりと推敲する。うん、これでいい。原稿をファックスする。すぐに返事。
「この作品でいきましょう」
大阪の出版社「ひかりのくに」は失明直後からボクに原稿を依頼してくれた恩ある会社だ。
「ええっ。いいんですか?ボクはまだ童話作家のタマゴですよ」
「でも、見えていた頃から書いてたじゃないですか」
「はあ…」
それから原稿をいくつか書かせていただいた。中でも作品『ロケットばあちゃん』は書いていて楽しかった。ボクはイラストレーションについても文字であれこれ注文をつけた。当時のボクはまだ全盲のイラストレーターではなかったのだ。
『たずねネコのドングリ』は二作目になるのだろうか。やはりボクはイラストレーションに注文をつけた。絵本がどのように仕上がったか、よくは記憶していないが、満足だったことだけは覚えている。
◆ ドングリ復活
絵本『ピカリング博士』の復活が決定したと同じタイミングで、「ひかりのくに」から知らせが入った。
月刊絵本『たずねネコのドングリ』復活。
あれれ、どうしたんだろ。嬉しいけど不思議。『ピカリング博士』は失明前のイラストレーション。『たずねネコのドングリ』は全盲のイラストレーター以前の童話の仕事。それが同じタイミングで復刻される。
ううん、何かがうごめいている。それはボクの中でだろうか。それとも宇宙の果てでだろうか。いずれにせよ、偶然はない。このタイミングでしか起こらない不可思議が、知らないどこかで始動しているのだ。
2006/01/11
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