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■ 落ちる気分 2006/01/27

◆ 落ちる気分はよく分かる
 ヒルズからひとりの男が落ちていった。車窓のカーテンに隠されながら、複数のパトカーに囲まれながら、空にはヘリコプターをしたがえて。
 あの男、ボクは好きでも嫌いでもない。ただ面白いキャラクターとだけ思っていた。いちばん感じていたことは、ボクにもああいう時期があったなあ、ということである。
 やること、何でも大当たり。こわいもの、何もなし。世界は自分のために存在する。欲しいものは、あっちから勝手に飛び込んでくる。敵は多い方が面白い。明日は今日よりモア・ベター。俺は独りで生きている。いいか、俺の言葉を黙って聞け。
 あの男を見ていたら、その昔、ほんの一瞬でも頭脳を過ぎったフレーズが蘇ってきた。33歳。あの頃の自分も、他人から見れば、あんな感じだったのかもしれない。今はそう思う。
 34歳。ボクは失明を宣告された。病院からの帰り道、タクシーの窓から眺める風景は、きたときとは逆方向に流れていた。
 誰かが嘘をついている。これは夢だ、幻だ。この俺が失明なんかするはずがない。
 けれども、戻れないこの道。自分は病気だったのだ。時限爆弾を抱えていたのだ。そして、その起爆装置は始動している。
 車窓に流れるメランコリックブルーの景色。絶望の地平線への一本道を、ひた走る運命の自動車。古いニュース映画を見るように、ボクは記憶の映写機を回していた。
 あの男。氷点下の夜の道、どんな心で街明かりを眺めるか。奈落の底に落ちる気分を味わうか。
 これは夢。これは幻。いや、そうではない。これが現実で、今までが夢か幻だったのだ。そういえば、この俺には過ぎた幸運だった。
 もう引き返せない、この道。おかしいってこと、もっと早く気がつくべきだった。この俺に、そんな力があるわけはなかったんだ。
 あの男の気持ちは分からない。あの男の覚悟も分からない。ただボクは若き日の落ちる気分を思い出していた。

◆ 人生はプラマイゼロ
 人生はプラマイゼロ。これは今年の年賀状でのボクのセリフだ。苦あれば楽あり、楽あれば苦あり。こうも書いた。どちらもこの世の真実である。
 そしてこの正月、ひとつの事件が注目された。ホリエモン逮捕。国会でも最高裁でも重要案件があったのにもかかわらず、報道カメラはホリエモンを追跡し続けた。
 シンボルの失墜。アイドルの敗北。高天原から地獄への転落。六本木の丘から泥の中。
 ああ、なんて魅惑的なテーマでしょ。こりゃあ視聴率の稼ぎ時。あっちもこっちもトクバンだ。
 衆目注目の真っ只中、ホリエモンは冷暖房完備の豪華マンションから、暖房もない三畳間の独居房へと引っ越した。
 株券が紙くずになる。財産がゼロになる。信用が失われる。人気は真っ逆さま。逮捕された当人も、利用していた政治家も、相乗りしていた投資家も、みんな真っ青、ダークブルー。
 予言したつもりはないけれど、今年もいろいろな悪事が暴かれて、列島の様々な砂の楼閣が次々に醜態を暴露する。
 考えてみれば、どんなに頑張って、賢くあろうと望んでみても、やっぱり人間はどこまでも馬鹿なものらしい。


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