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便利さに使われている馬鹿たち


[もしもし!」
 はっとして振り返る。夜の道である。ボクは盲導犬アリーナと歩いていた。またまたご親切なお方が何か教えてくださるのか。
「ああ、俺、俺。今さあ、帰り道なんだけどさあ…」
 携帯電話である。住宅街の夜の道に声は響く。しゃべっているのはこいつだけだ。でも、本人は自分たちの世界に入り込んでいるから、そんなことは気にならない。
「パチャホレクチャ、ホイサイテンゴワ、マーミーモー」 
 わっけのわからん声がボクに向かって急速度で迫ってくる。言葉のわっけのわからなさに加えて、その声のキンキンと金属的なこと。こりゃまた宇宙人の襲撃か。またまた夜の道のことである。今度は家内のコボちゃんも一緒であった。
「ホッチャカハッチャカ、ムンクンハア」
 不可思議な音声はボクのすぐ横を走り抜け、急加速で離れていく。何だ、今のは。
「携帯電話よ。自転車に乗った外国人」
 外国人が英語とは限らない。日本以外はすべて外国。それはボクの聞いたこともない外国語もあるでしょうよ。それにしても、あいつのしゃべっていたのは何語なのだ。どこの言語体系にも属さない不思議な言語だとボクは思った。
 
 ボクの暮らすのは東京も世田谷。外国人は珍しくはないといっても、ホンコンやニューヨークの比較にはならない。あんな所で、こんな携帯電話のやりとりを聞かされたら、たまらんだろうなあ。こういうとき、目の見えるのは羨ましい。少なくとも、自分がおかしくなった、と勘違いはしなくて済む。
 
 はいはい、携帯電話は便利です。ボクも愛用しております。書き忘れてはいけないので、まず書いておきますけれど、盲人にとっても携帯電話は必需品。安全のためには必携の道具。おわかりになりますよね。盲人は群衆の中の無人島に暮らす孤独な民。隣に人がいても、見えないからいないと同じ。人物の所在を知らなければ、道を聞くこともできはしません。ま、足音のでかい人や、キーホルダーをチャラチャラやってる人は別ですけれど。ま、携帯電話が出現する前のボクは不便で不安でしたね。特に最近は公衆電話も珍しくなったらしく、ただでさえ見つけにくい公衆電話が、もうどこにあるかもわからない。そんなとき、携帯電話は福音ともいえる便利道具。便利だけではありません。孤独を癒す大切な意志疎通のツールでもあるのです。だから、あまり人のことはいえない。周囲の状況もわからぬまま、ときどーき大声で携帯電話に怒鳴っている自分がおりますから。ですから、ここで何を書きたいか、というとです、携帯電話は当事者にとっては便利道具。周囲の人からいわせれば、馬鹿まる出しの広告道具。どんな利口なお人がご使用なさっていても、みんなただの馬鹿な人に見えてしまう。携帯電話をご使用になられるときは、どんなお方も馬鹿に見られることをご自覚なさってくださいね。

 電車での携帯電話、最近はいかがですか。ボクは傍若無人なマナーの悪さは少なくなったような気がしているのですが。でも、ボクには見えませんが、どうやら最近は奇妙なる沈黙集団が出現しているのではありませんか。そう、あのアイモードとやらの携帯電子頭脳というか、携帯電子新聞というか、または携帯電子網接続道具といおうか、はたまた携帯テレビといおうか、とにもかくにも羨ましいほどの便利道具を凝視したり、またはピコピコと親指を動かして夢中で何かをやっている、不思議な人々がおるそうな。だから一時ほどの電車内の馬鹿声が少なくなったんじゃありませんか。ボクはちょっとホッとしているのですが。ま、口惜しいから書きますけれど、アイモードなんかも、ボクのような盲人にも使えるようにならないものでしょうか。あれは暇なときには楽しい道具だと思いますよ。人間、いつでも勉強ですから。

 あ、これはボクからの馬鹿紹介ではありません。だって、アイモード馬鹿という人種は、ボクからは絶対に見えないのです。

 

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