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責任者の責任が追求されないなら、誰も責任を取らない世の中になるんじゃないの
 
 ボクは慶応義塾大学法学部で法律を学んだ。そして、すぐにやめた。ボクが理想としていた法律というカテゴリーが、ボクの予想と期待を裏切ったからだ。で、ボクは漫画学部、いやマンガクラブで勉強をし、卒業した。法学部は中退である。だからボクの職業は弁護士でも判事でもなく、イラストレーターなのだ。

 だいたい日本の司法試験は難し過ぎる。これに比べたら医師の国家試験なんか簡単なものなのかもしれない。ボクは受けたことないから知らないので、無責任なことはいえないが。とにかく頭脳的エリートしか司法試験をパスできない。現在の頭脳的エリートのほとんどは金銭的エリートだから、つまり金持ちしか弁護士にはなれない理屈になるかもしれない。ま、それはないだろうけど。だって、正義派で努力家の弁護士は友人にもいるからである。  要するに何がいいたいかというと、つまり、エリートや金持ちに一般人の気持ちなんかわからんだろうってこと。そういうやからに人間が裁かれる。事件が裁かれる。個人の運命が左右され、日本の梶取りが影響される。これでは困るでしょう。

 おかしな判決がまた出た。エイズ事件の安部被告に対してである。無罪だって。嘘だろう。あのお方は血友病学会の会長だったんだろ。それで製薬会社からはたんまり謝礼をもらったり、威張ってみたり、影響力を誇示したり、厚生省とも仲良しだったんじゃないの。そういうしがらみの中で、たとえ法律的には「疑わしきは罰せず」という裁判理念があっても、責任の所在は安部チャンにあったんじゃないの。その安部チャンが何の責任も問われないのなら、沢山の犠牲者を出した責任は誰にもないってことでいいのかしらね。

 成績がいいと医者か弁護士。頭がよくて成績がいいと、不器用でも医者になれと先生は勧めるらしい。たとえ、その個人が真っ赤な血液を見ただけで卒倒するような人種でもだ。利口なヤクザさんは司法試験を受験する。弁護士でヤクザという人も確実に存在する。要するに法律は道具であって、理想社会を築くためのバイブルでは決してない。弁護士は法律をいじくる技術者でしかない。ボクが法律に失意したのはその点にであった。で、医者もエリートで既得権が沢山あって、それでいて理想社会の実現者みたいな顔はしているものの、まるでそうではなくて、単なる技術者で、人によっては金の亡者。患者を助けるよりも、でかい病院を建てたがるお金大好き人間。ま、そうでないお医者さんもいるから、あまり悪口は書かない。だって、もしもボクの医者がこれを読んだら、ボクは明日から安心して人工透析を受けられなくなる。血液をすべてお任せにするわけだから、ボクはマナイタの上の豚なのであります。ハムにもソーセージにも、焼き豚にでも、どんな風にも料理されてしまう。

 で、今回の判決の話題に戻るが、この判決には医師免許を有する裁判官が関係している、という点に問題があると思う。医学の専門家が正しい判断をするとは限らない。どうしても医者の立場を優先すると思えるからだ。だって、医者になるのは大変だもん。勿論、裁判官になるのも。こういうエリートは一般の人間の立場にはなかなか立たない。自分が患者になる、なんてことも考えない。いつも裁くか、病名をつけるか、投薬をする立場。上からものを見るばかり。マナイタの豚の気持ちなんてわからんでしょ。

 安部チャンみたいな存在が責任も追求されず、厚生省はやりたい放題で、病気になった人間は安心して病院にいけるだろうか。もう、病気をしたら人生最後って気持ちになるでしょう。それでも税金も保険料も治療費も払わなければならない。こんな馬鹿な世の中ってありますか。もしも東京が米国の西海岸にあったなら、おそらく東京地方裁判所は焼き打ちにされたでしょうな。この判決は暴動ものってことですよ。みんなもっと怒れ。日本をエリートのやりたい放題にはさせないぞ。

 今回の判決は法律的には評価できる部分もあるにはあるのです。それは技術論ではありますけど。マスコミの報道のあり方にも問題はあった。安部チャンは最初から極悪非道の犯罪人として扱われていたから、彼が死刑になるのは当たり前と大衆も考えるでしょう。でも、もしも最大の責任を追求されても、、せいぜい業務上過失致死罪で最大四年の禁固刑。安部チャンは八十四歳だから、そんなことしなくても、自然の死刑台が目前にある。要するに、罰の重さが問題なのではなく、責任の所在が問題なのです。

 薬害エイズ事件とは、ある意味でサリン事件よりも罪が大きい。その死刑執行者たちが社会的立場と既得権を保証され、でかい顔をして職業に就いていることに問題がある。法律は万人の幸せのために存在しなければならない。万人の幸いを保証しなければならない。なのに、法律はそのように機能してはいない。単なる道具であって、解釈次第では社会を抹殺する凶器にもなりかねない。この薬害を許していたら、誰も安心して病気になれない社会が現れる。病気になれないってことは老人になれないってことで、それは日本の未来を喪失させることになる。そう。みんな日本から逃げ出すよ。

 みんなではない。だが、一部の確実な馬鹿が私利私欲で投票行動をしている。その結果、欲望の集合体のような馬鹿が議員バッジを胸にする。そういうやからが徒党を組む。平気で前言を翻し、連立したりする。そして絶対的多数をもって悪魔のような法律を議会通過させてしまう。悪魔の法律が施行される。その昔、日本は大きな間違いを犯した。そのとき、ひとりひとりの日本人は何をしていた。怒るべきに怒っていただろうか。いうべきをいい、語るべきを語ってきただろうか。責任を皇居の住人にだけ要求し、自らの責任を追求しただろうか。ただマスコミの扇動に踊り、国家の甘言に涎を流してはいなかったか。まず、自らの責任を正そう。そして、社会悪の責任者を追求し、その責任において、この国家から追放しよう。  
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