アルルがやってきた・その1 2006/01/13
◆ 今まで内緒にしてたけれど
そうなんだ。今まで内緒にしてたけれど、アルルがやってきたんだ。それも昨年の10月16日に。
今年の年賀状は600枚。ボクは1枚1枚、ボールペンでワンちゃんの絵をかいた。でもね、アリーナの絵じゃないんだ。横にARURUってサインしてあったの、みんな気がついたかなあ。
アルル。それがワンちゃんの名前。アルルはブラックラブ。中部盲導犬協会からやってきた。でもね、盲導犬じゃないんだ。
できればアルル、盲導犬になりたかったけれど、なれなかった。そこでボクの家にくることになったってわけ。
アルルは1歳。2004年の10月3日に生まれた。それはアリーナが星になるちょうど一週間前のこと。アルルがアリーナの生まれ変わりだとは思わないけれど、少し不思議な感じがする。アルルの中に、ほんの少しだけアリーナがいるような気がしてならないんだ。
撮影 落合 福嗣
◆ アルルは真っ黒
アルルは真っ黒。コボちゃんがそういう。それに瞳も真っ黒。くりくり目玉で、白目が少ないから、前から見ると、みんな真っ黒。前も後ろもみんな真っ黒。
でもね、一箇所だけ黒くないところがあるんだ。それは胸。くっきりと白くなっていて、まるで星みたい。
アルルは胴体が太くてがっちりとして、ほんのちょっとだけ手足が短い。ん?真っ黒で胸に白い星があって、ああ、なんかに似てるぞ。そう。ツキノワグマ。アルルはクマの子みたいなワンちゃんなんだ。けれどもさ、本当は女の子なんだよ。
◆ アリーナがいるみたい
アルルはアリーナと同じカウベルを首からさげてる。からん、からん。歩くたびにベルが鳴る。
「なんだかアリーナがいるみたい」
ボクがそういうと、
「違うわよ。アリーナのカウベルとは別の音よ」
コボちゃんがいう。
ボクはアリーナがつけていたチェーンを取り出して、そのカウベルを鳴らしてみた。ころん、ころん。
「うん、ちょっと違うね」
「ちょっとじゃないわよ」
ベルの音は確かに違う。でも、ベルが鳴るとボクにはどうしてもアリーナがいるような気がしてならない。コボちゃんは目でアルルを見てるけど、ボクは耳でアルルを見てる。つまり、耳で見てるってことはイメージが広がるってこと。アルルとアリーナが、ボクの心のテレビジョンでいったりきたりしてるんだ。
◆ おてんばアルル
アルルはまだ赤ちゃん。でも、おてんば。がっちりしていて、クマみたい。立ち上がると、両手でかかってくる。
「こいつ、やるか」
アルルは盲導犬候補生だったから、パピーウォーカーからよく訓練されている。いうこともよく聞くし、やさしい。けれども遊びになると、すぐ夢中になる。ボクやコボちゃんが人間であるってこと、たちまち忘れてしまうらしいんだ。
「やっぱりアリーナは賢かったわよね」
「そりゃあ、そうさ。アリーナは3歳で我が家にきたんだ。それもパーフェクトな盲導犬としてね。けれどもアルルはまだ1歳になったばかり。赤ちゃんだよ。おまけに盲導犬の訓練も受けてないんだ。くらべたら可愛そうさ」
◆ アリーナのこと、書くよ
アリーナとは比較にならないアルル。でも、ボクはアリーナを思い出しながらアルルと遊んでいる。
大きな頭。口のふかふか。ビロードの耳。その毛並み、そのため息。
「やっぱりアリーナが帰ってきたみたい」
「なんだ。さっきアリーナとくらべちゃいけないって、いったばかりじゃない」
「そりゃ、いったけどさ。でもさ…」
ボクの身体のあちらこちらにアリーナが住みついている。色が黒かろうが黄色かろうが、ラブはラブ。みんなアリーナに思えてしまう。
「ねえ?書けてる、アリーナのこと」
「ううん…、あんまり書けてない。でも、アルルを見ていたらアリーナの記憶がぐんぐんよみがえってくる。いろいろな風景が見えてくる」
「じゃあ、なんで書けないの?」
「入院したりして、何万枚ってある日記や膨大なメモを読み返す気力がなくなってたんだ。でも、ボク書くよ。今すぐにでも書ける気がしてきた」
昨年、ボクは53日間旭川医科大学付属病院に入院して運命を救われた。退院して、もうすっかり元気なのだけれど、創作のリズムがかなり崩れた。まるで、そんなボクを勇気づけるように、アルルはボクが退院した翌月に我が家の子になってくれたんだ。
そのアルルが入院した。今朝、コボちゃんはボクの書斎のある事務所の床で横になっている。昨日退院してきたアルルを徹夜で抱きしめていたんだ。
続く。
Back Number 7 6 5 4 3 2 1 / HOME
|