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原稿用紙プライベート盲導犬アリーナ日記
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◆ キロンのタマヌキ
 キロンの手術は無事成功。けれども、最近は猫の手術も進歩したものである。人間であれば、見た目が気になるから、それなりの技術革新で、傷跡を目立たなくする工夫がなされている。その理屈は猫の手術にも通じるらしい。要するに、人間の飼い主としては、自分の猫の姿を美しく維持したいのである。
 では、その理論と猫のタマヌキと、どう関係があるのだろう。むふふ。それを書きたくてたまらなかったのだ。タマヌキだからたまらない。ああ、これはくだらない。

◆ 袋と玉の相互関係
 ジュピターという猫がいた。講談社刊、絵本「ゆめねこウピタ」のモデルとなった猫である。
 ジュピターはマンションの9階から落下した。というか、飛行した。目撃者によると、まるでムササビのように飛んでいた、との証言があるからだ。四つの足をいっぱいに広げ、バランスを取りながら落ちていったのであろう。とはいえ、落下のダメージは大きい。ジュピターは口や目から出血していた。
 愛猫を抱いて獣医に走る。レントゲンで見ると、背骨の一部がちぎれかかっていた。だが、ジュピターは奇跡的に復活したのである。
 ビルの9階から落下して助かった猫は大変珍しい。おそらくは世界的な記録ではないか。獣医が共同通信の友人に知らせてしまった。そこでジュピターは取材され、週刊プレイボーイや毎日中学生新聞に取り上げられたのである。
 そんなジュピターもタマヌキ猫だった。背後から見ると、見事にタマがない。まるでミニチュアの虎みたいに立派なトラネコだったが、タマのないのが玉に傷。

◆ 猫の美容整形
 猫に美容整形があると書けば
「そんなバカな」
といわれるに決まっているが、もちろん猫が美容に気を使っているわけではない。気にするのは飼い主なのだ。
「こんなに見事な猫ちゃんなのに、タマナシなんてみっともないわ」
 そこで入れ物は残して玉だけ抜き取る。背後から見れば、立派な袋がぶらさがってる。つまり、男性としての体裁はつくろえる、というわけなのだ。

◆ 触ってみれば、中身はからっぽ
 キロンには立派な袋がさがってる。高貴なお猫様のご機嫌をそこなわせないよう、細心の注意を払いながらその袋に優しく触れる。さわさわと毛がはえている。いや、見たわけではないので、はえているような気がする。そして、探ってみれば、中身はからっぽ。そうだなあ。なんか、こんなのが他にもあったような覚えがあるぞ。ああ、中華料理に入っているフクロタケ。あれには中身がありません。あれを食べた感じというか、あの感触にどこか似ている。そう思うエム ナマエは頭がいかれているのでしょうか。

◆ キロンのエリザベス
 この手術でキロンにエリザベスが装着された。抜糸の終わっていない玉袋をなめて、せっかく成功した玉抜き手術を台無しにしないよう、その口をガードするための犬猫専用医療器具なのである。
 前々回あたりから、このエリザベスについてエム ナマエはくどくどと書いている。なんでか。といえば、犬猫を飼育していない、もしくは犬猫を医者に診せないご家族のために、これを説明しなくてはならないからだ。そして目撃体験のない個人にとって、この犬猫専用医療器具の形状が、あまりに馬鹿馬鹿しいからだ。

◆ 新種の生物
 このエリザベスと、我々が呼称している犬猫専用医療器具を装着したまま、キロンが我が家から脱出したことがある。早速近所の獣医にキロンは連行された。そんなものをつけたまま、外をウロウロするなんて、入院中のペットに違いないと思われたのだ。
 けれど、それならまだマシというもの。もしもエリマキトカゲのような新種の生物と誤解され、動物園か博物館へ連行され、最悪な場合、生態解剖でもされたら取り返しはつかない。まあ、そんなことはあり得ないが。いや、あるわけないじゃん。

◆ 巨大なエリザベス
 さあ、やっとアルルの避妊手術の話題に戻るのであるる。我が家の真っ黒な令嬢の開腹手術はなんのトラブルもなく終了した。
「開けてみたら、すごい脂肪でしたよ」
 と、アルルの肥満体が獣医さんにばれてしまったのは別にして、ではあるが。
 しかし、アルルの装着させられたエリザベスのでかいことったら。どこにいくのも動くのも、バッコーン、ガサゴソガシと衝突音や摩擦音をたてる。いちばん困っていたのはご当人の、いやご当犬のアルルであろうが、とにかくこちらも気になって仕方がない。

◆ エリマキネコのキロン
 猫のキロンには、このエリザベスを身体の一部としている事情がある。キロンは実にナイーブな猫なのだ。少しでもスポイルされていると感じると、自らの体毛を抜けるほど嘗めてしまう。毛が抜けてしまうと、こんどは肌を嘗める。あのザラザラの紙やすりのような猫のベロで嘗めるのだから、たちまち肌は赤裸。傷となってしまうのだ。そうなっては困るので、キロンが神経質になっている間は、強制的にエリザベス装着とあいなるのであった。
 我が家にはキロン以前に盲導犬のアリーナがいた。ボクは常に家内とアリーナと行動する。外出も旅もアリーナと一緒だ。当然キロンはたった独り、留守番となる。ときには終日の外出。ときには2泊3日もの長期の出張。そういうよくないタイミングが重なると、キロンはこの『肌嘗め症候群』にかかってしまうのだった。
 そうなるとエリザベスはキロンの必需品となる。獣医も事情を理解してくれ、とうとうキロンはこの犬猫専用医療器具をゲット、自らの身体の一部としてしまったのだ。
 エリザベスを装着した状態でキロンは実に自由に行動する。階段をかけおり、かけあがる。テーブルに飛び上がる。首の周囲にどでかいメガホンというか、集音器みたいな無様な道具をつけたまま、あたかもそれが生まれながらの姿のように、実に生き生きと振舞うのであった。
 夏など、風通しのため玄関ドアを小さく開けたままにしておくと、ときどきキロンがこのスタイルで外に顔を出している。そこを通りかかった運の悪い郵便局員や新聞配達さんがいたならば、この珍なる生き物を何と解するか、エム ナマエとしては大変興味がある。やはりエリマキネコとでも思うのだろうか。いや、そんなわけ、あるはずないじゃん、くだらない。
 さて、話題を戻そう。アルルがエリザベスを自分の肉体の一部と考えることはなかったと思う。大きなメガホンをつけたまま眠るアルルは窮屈そうだったし、食べるのも飲むのも苦労に違いなかった。不器用なアルルにとって、手術後の数日間、どでかホンみたいな、無様で不自然なスタイルで暮らすのは実に不条理で納得のいかない境遇であったことだろう。         14/07/2006




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