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原稿用紙プライベート盲導犬アリーナ日記
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アルルがやってきた・その4

◆ 破壊魔アルル
 とうとうアルルの化けの皮がはがれた。きたばかりのとき、アルルは実に行儀のよい、おとなしい女の子だった。さすがはベテランパピーウォーカーのしつけ、と感服していたんだが、しばらくするとアルルは確信したらしいんだな。ここ、あたしの家なんだわ、と。
 そうなれば、ボクにもコボちゃんにも甘えられる。ワガママだって許される。これがアルルの要領のよいところ。犬という生き物は、人間が考えるより、はるかに頭がいいらしいんだ。
「これくらいだったら、いいかしら…。こんなこと、しちゃおうかな…」
 ボクらの反応を観察しながら、だんだんといたずらがエスカレートしていく。
 こんなの、知ってるかなあ…。圧力を加えると、プープー音のする犬用のおもちゃのボール。そいつを投げてやると、アルルは器用にくわえて受け止める。パクリとかむと、ボールはプープーと鳴る。それが面白くて、またかむ。またボールはプップップと音を発する。その音に刺激されて、アルルは飛び跳ねながらボールをかむ。まるでボールが自らの意思で鳴りながら飛び跳ねているみたいだ。
 アルルだけではない。アリーナもこのボールが大好きだった。いや、この音のするボールは、人命救助犬の訓練にも利用されているくらい、ワンちゃんに人気のグッズなのである。
 ところがだ、しばらくすると、アルルはそいつを猛烈にかじり始める。大事に遊べば、いつまでも音のするボールを、短時間でスカスカいうだけの、ただのポンコツボールにしてしまうんだ。アリーナだったら
「あら、勿体無い」
などと、アルルに小言のひとつもいうところだろう。
 そしてさ、とうとうボールをバラバラに粉砕してしまう。ボールでなくなったボールは空しく部屋中に飛散する。破壊魔。これがアルルに加えられた新しいニックネームというわけなんだ。
 けれども、アルルのために弁護しておく。アルルは盲導犬の血筋を引くブラックラブであるる。いや、である。であるからして、ただの破壊魔ではない。つまり、壊してよいものといけない物の区別がついているのだ。なんで分かるんだろう。それは分からない。けれども、そうなのだ。
 アルルだけではない。アリーナもそうだったように、壊して人間が困る物。壊して危険な物。例えば電気器具のコンセントや配線コードなどには、盲導犬は決してダメージを加えないのだ。そういう犬種だからなのか、それとも教育や訓練の結果なのか、それは分からない。けれどもである、つまり…、その、アルルは破壊魔であっても、悪魔ではないといいたいのである。

◆ アルルのレジスタンス
 アルルは盲導犬ではない。だから、お散歩は別として、電車に乗ったり、デパートへいったりの外出や、レストランでの食事には同行できない。となると、お留守番。家族なのに、お留守番。これがワンちゃんのいちばんつらいとこ。そして、お留守番をさせられたワンちゃんにも考えがある。抵抗がある。
「ただいま、アルル。ほうら、帰ってきたよ。きちんとお留守番、できたかな」
「あれれ。これ、なあに!?」
「どうしたのさ?」
「あのね、アルルがスリッパかじって、バーラバラ」
「うわっ、やられた」
 これがアルルのせめてものレジスタンス。言葉なき不満の自己表現。
「けれどもね、アルルの攻撃はスリッパに対してだけよ。他のものには見向きもしないわ」
 コボちゃんがアルルの弁護をする。
「そうかなあ。おもちゃのボールなんか、瞬間にして完全破壊だよ」
「ワンちゃんのおもちゃはね、そのためにあるの」
「そうかなあ…」
「それにね、あの牛の骨なんか、アルルはずっと大切にしてるわ」
「あんな代物を一瞬にして粉砕するのは、おそらくゴジラくらいのものだと思うよ」

◆アルルの冬季オリンピック
 ワンちゃんは遊び好きの生き物である。いつだって遊びを求め、遊びを創る。
 我が家の玄関から階段をあがると、すぐにアパートの屋上だ。細長い建物だから、アルルにとっては魅惑的な運動場に見えることだろう。コボちゃんが洗濯物を抱えていくと、すぐにアルルも屋上へ走りあがる。何か面白いこと、ないか。アルルの目はいつも遊びを求めてきょろきょろ動く。
「うわあ、寒いはず。屋上に氷がはってるわ」
 この冬は特別に寒かった。雪もふったし、氷もはった。トリノで冬季オリンピックが開催されたのと関係はないと思うが、とにかく地球的規模でよく冷えた。
「うわっ。アルルがアイススケートしてる」
 ダダダッとダッシュして、ぴょーんと氷に足を突っ張る。すると、つつつつ、とアイススケート。これが実にうまいらしい。コボちゃんが手をたたいて喜んでいる。
「アルルの冬季オリンピックだ」
 今度の冬季オリンピックで、もっとも注目され、人気を集めたのがカーリング。一般人にイナバウワーは不可能としても、カーリングだったら何とかなる。そう思うのが人情だろう。いい歳をしたおっさんが、
「俺もカーリングやって、オリンピックに出たい」
などと血迷い、カーリングの施設は順番待ちで大変なことになっているらしい。
 アルルもブームに影響を受けたわけではないと思うが、いきなりカーリング遊びを発明した。ガッガッガッと前足で氷を粉砕し、その固まりをくわえ、ポーンと放り投げるのだ。氷の固まりは氷上を滑走していく。アルルはそいつを必死の形相で追跡する、というわけである。
 ジェントルマンの国、英国で生まれたスポーツなのに、アルルには礼儀もルールもない。ひたすら氷を砕き、放り投げ、追跡するのである。
 それをコボちゃんが実況中継してくれる。まあ、ボクにとっては、やたらとメダルを欲しがる人間の冬季オリンピックよりは、はるかに楽しめる。
 今回の冬季オリンピックでは金メダルがひとつ。まあ、おめでたいことだが、とにかくひとつ。なのに、パラリンピックではメダルが九つ。これはすごいことだ。やたらメダルをほしがる日本のオリンピック中継なんだから、同時にパラリンピックも開催すれば、
「またまたニッポン、メダル獲得」
などと絶叫を繰り返すこともできただろう。なんだったら、それにワンちゃんの冬季ワンリンピックも同時開催して、アルルも参加させようか。
「参加することに意義がアルル」
なんちゃって。  続く  2006/03/30 

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