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【その10】   
サイン会でのアリーナ いつもアタシ、頭にくるの。なによ、あの駅前。自転車の墓場。馬鹿で低俗で自分勝手な人種の見せ物広場。なあんで歩かないのよ。そんなに駅から遠い場所に住んでいる、というの。それとも、歩く体力がないの。学生さんや、若いお母さんみたいに見えても、きっと死にそうな病人なのかもしれないわね。それとも、あんまり忙しくて、時間がないのかしら。そうも思えるけど、多分真相は、いつまでも寝ていたい、楽をしたい、人のことなんか知ったことか、自分だけよけりゃあいいんだ、俺は家族のために会社へ通っているんだ、あたしゃ子供のために買い物してんだ、オイラは親のために勉強させられてんだ、なんて考えてるから、人様の事情や心までに考えがいかないのね。日本人って、どんどん、どんどん、悪くなってるみたい。これって、不景気のせいにされるけど、そうじゃないわ。単純に親の『シツケ』のせいよ。『シツケ』を知らない親が増えて、その親に育てられた子供たちは、ますます『シツケ』とは無縁になる。ルールよりは、まずお金。マナーよりは、まず成績。いいからいいから、おベンキョ、しなさい。家のことは、お母さんがやっておくから。いいのよ、いいのよ、成績さえよければ、いつかいい暮らしができるのよ。そういうお母さんたちが、もっともっと馬鹿なお母さんを作ってるのね。だから、本当に馬鹿なお母さんたちが増えているのね。
 アタシは考えます。お母さんが日本を作っているんだって。素晴らしい母親が大勢いたら、きっと日本は素敵になるわ。
 駅前の自転車って、ママチャリが多い。隣にジャリチャリも並んでいることもある。両方とも立派な迷惑駐輪ね。アタシ、目撃したこと、あるわ。頭脳性能のよくなさそうなママチャリの後ろから、真似したい小僧のジャリチャリがついていく。そして、駅前の自転車よけの鉄柵を乗り越えて、駅前広場に自転車を放置して、駅前スーパーに買い物にいく。子供たちはお母さんの影響を最も受ける存在よ。大きくなれば、きっと同じことをするようになる。だから、お母さんたちが、日本をよくするも悪くするも、その鍵を握っているわけ。
 商店街では、それぞれのお店や食べ物屋さんのドアの真ん前に自転車を置いて、中に入っていく人がいる。そんなことしたら、他のお客さんが入れないじゃない。これって、完全なる営業防害よね。お店の人も注意すべきなのに、してないみたい。マナーやルールよりも、商売が大事、と思ってるんだわ。でも、営業防害されてんのよ。みんな、頭が悪いんじゃないかしら。ちゃんと、自分で考えなさいって。
 ええと、ええと、最近の小田急線は高架式鉄道になったの。駅も高い所にあって、立派なエレベーターやエスカレーターが出来たわ。だから、小田急電鉄は、これこそがバリアフリーの立派な駅だ、っていいたいらしいのね。でもさあ、その駅にたどり着く以前に、自転車の群れで狭くなった歩道から転落し、あの自転車よけの狭い鉄柵の間をすり抜け、自転車の谷間をカニさんみたいに横歩きをしていかないと、改札口にはいけないの。それにさ、あの切符の自動販売機、目の見える人だって戸惑ってしまうのに、目の見えない人は、どうやって切符を買うのかしら。電鉄会社は、点字で説明してあります、なんていうのかもしれないけれど、盲人は、その点字がどこに展示してあるかが見えないのよ。頭が悪い、としかいえない。つまり、ああいうのは目の見える人の発想なのよね。あれれ、点字ブロックがあります、ですって。でもさ、その点字ブロックの上に自転車や荷物が置いてあったり、おしゃべりに夢中なオバちゃま族が立っていたりすれば、あんまり安心とはいえないでしょ。ま、オバちゃま族はおしゃべりするから、盲人には危険信号になるけど、自転車や荷物は無口ですからねえ、やっぱり危険よ。それにしても、エムさんはまだいいの。アタシやコボちゃんがいるから。でもさ、単独歩行の視覚障害者や、車椅子の人は、どうしているのかしら。車椅子の存在なんて、電鉄会社は、まるっきり無視ね。とてもじゃないけど、駅の改札口にいくまでに、おそらくは遭難しちゃう。たったひとつの解決策は、駅のあちらこちらに駅員を配置すればいいのよ。でも、電鉄会社は販売機や改札機などの自動機械を買うお金はあっても、人を雇う予算はないらしいわ。
 あああ、アタシも十二歳のオバアちゃん犬になったのね。愚痴っぽい話題になっちゃった。これじゃ、人間のオバちゃま族の悪口も、あんまりいえないわ。
 でね、誤解されないために付け加えますけれど、駅前の自転車群というのは、都会に暮らす人間の善良なる悪意の『クズカゴ』なの。そしてね、街には心優しい人たちの暮らしが、ちゃあんとあるわ。大切なのは、自分を善良なる市民のひとりとして誤解しないこと。もしかしたら、自分は他人様に迷惑をかけているんじゃないか。邪魔をしているんではないか。と疑ってみる心ね。自分にも他人にも想像力を働かせて、そして考えて、それから世の中は変わっていくんだわ。まあ、本当にアタシ、説教なんかしちゃって、やっぱりオバン犬になったんだわ。やあねえ。

この絵本の売り上げの一部は全国の七つの盲導犬教会で盲導犬育成に使用されます。


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