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【その7】  1999年 某月某日

 ねえねえ、カラスの裁判って見たこと、あるかしら?アタシは見たのよ、コボちゃんと。
 いろんなカラスがいるわね。森や都会、どこでもカラスはいるけれど、やっぱり人間の暮らしの近くにいるカラス軍団が面白いみたい。
「チョンワ、チョンワ、チョンワ」 
 こんなふうに鳴くカラスがアタシの暮らす近所にいるのよ。エムさんは「チョンワガラス」と呼んでるんだけど、このカラス、ずっと以前に流行した漫画の「花の応援団」の愛読者だったのかしら。で、このチョンワガラスは赤堤で鳴いていたり、豪徳寺に出現したり、下高井戸で飛んでいたりして、世田谷線のファンか何かは知らないけれど、この線路の周辺に現れるの。勿論、チョンワなんて鳴くカラスは一羽しかいないと思うのよ。
「ワンワンワン、ワンワンワン」 
 犬が空を飛んでいく。と思ったら、カラス。きっとワンちゃんのお友達がいるのか、それともカラスのお家が犬小屋の近くにでもあるんでしょうね。
「バカ、バカ、バカ」 
 最近、こんな鳴き声のカラスが現れたの。嘘じゃなくて本当よ。で、これはエムさんの考えなんだけど、このバカガラスの出現は森首相の就任の影響だろうっていってるのよ。国民の間で、これほど「馬鹿」という言葉が日常的に使用されたことはないもの。で、あの馬鹿だという評判の総理大臣がやめたから、バカガラスもいなくなっちゃうんじゃないかって、エムさんはとっても心配してるのよ。  
 とにかく、いろんなカラスがいるわ。みんなはカラスを憎んだり嫌ったりするけれど、アタシとエムさんは違うわ。カラスって愛嬌があって、お利口で、都会の暮らしにスパイスを加えてくれる楽しい存在なのよ。ま、カラスはスカベンジャーではあるし、ハンターでもあるから、嫌われる要素があるのは認めるけれどね。でも、ワンちゃんだって、その昔はスカベンジャーだったのよ。あっ、スカベンジャーってね、死肉処理をする生き物のことよ。ちょっと犬に似てる、あのハイエナなんて、その代表ね。
 それから、カラスが不吉な存在とされたのは明治以後の話よ。これは西洋文化の影響ね。ずっと昔、日本でのカラスは「神の使い」として愛されていたの。日本神話で登場する「神の鳥」は、あれ、カラスのことなのよ。ちょっと信じてもらえないと思うけど。それと、日本にも鳥葬の風習があったみたいで、そんなときカラスは人間の魂を天に運搬する役目を背負っていたのよ。だからカラスが神の鳥なわけ。ま、アタシも耳学問で、きちんと勉強したわけじゃないから、あんまり発言に責任は持てないけど。だって盲導犬学校では「カラス学」なんて講義、なかったもん。
 エムさんとアタシは、ふたりでいるとき、よくカラスと遭遇するの。エムさんは盲人で危険な人種とは思われないし、アタシは優しい目をしてるから、どんな生き物からも安全な存在に見えるらしいのね。それで、ふたりでいるときにはいろんな生き物が隣にくるのよ。例えば小さなワンちゃんとか、ノラネコとか。本当よ。キジバトなんか、お家の中にまでやってくるのよ。で、カラスなんだけど、やっぱりすぐ近くにまでやってくるの。エムさんには羽音や足音でわかるらしいわ。でも、エムさんはカラスの危険な部分も知っているから、あんまり隣にこられると、ちょっと困ってる。きっとアタシのことが心配なのね。ほら、アタシってとても美人で大きな茶色の魅惑的な目をしてるでしょ。それをつっつかれたりしたら大変と思ってるの。
 でもさ、エムさんとアタシが座っているベンチに、カラスがチョコンと休んでいるってのは、面白い絵にはなるわね。そんなときのエムさんって、何を考えてるのかしら。もしかしたら、危険と愉快のふたつを同時に感じてるんじゃないかと思うのよ。 
 そうそう、カラスの裁判の話だったわ。でね、アタシがコボちゃんと遊歩道を散歩していたときのことなのよ。カラスたちが騒がしいの。そっちにいってみると、遊歩道の両脇にある花壇の柵にずらりとカラスが並んでいて、ワイワイガヤガヤと何か言い争ってるの。その中心、遊歩道の低空で二羽のカラスが空中戦をやってたのよ。あれは決闘じゃなかったかしら。アタシにはそう見えたわ。周囲のカラスたちは
「あいつが悪い」
「いや、そいつが悪い」
  とでも論争してるみたいなの。闘っている二羽のカラスはしばらくそこで空中戦をやってたんだけど、高く飛び上がると、他の場所へ移動していった。すると、ギャラリーだったカラスたちも、彼等を追って集団で飛んでったわ。それは野次馬の続きをやるのか、それとも裁判の続きをやるのかはアタシにはよく判断できなかった。でも、コボちゃんはいうの。あれはカラスの裁判だったって。ね、これを読んだ貴方はどう思う。
 ただね、アタシはつくづく思うのよ。カラスって面白い。あの集団で行動する所なんて、アタシたち犬族に共通してる部分があるわね。今度、カラスのお友達を作って、そこの所を、ようっく話し合ってみたいわ。



この絵本の売り上げの一部は全国の七つの盲導犬教会で盲導犬育成に使用されます。


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