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【その11】  2002年 某月某日

 玄関のチャイムが鳴ると、アタシはワンワンと吠えながら、お客さんを歓迎するの。もう、玄関に入ってきた人影に突進する感じ。エムさんに会いにくる人は、みんなアタシがいるってことを知ってるから、あんまり驚かないけど、泥棒さんだったらビックリするでしょうね。わんわん。
 みんな、どうして盲導犬のことを誤解するのかしら。いつも静かにじっとして、我慢我慢の毎日だって。遊ぶこともしなければ、のびのびすることもない。盲導犬はそうなんだ、と思ってるらしいのよ。無知ねえ。アタシは盲導犬のお仕事とプライベートをきちんと分けて考えてるわ。というか、職業意識があるのよ。これはお仕事。これは遊び。ちゃんと認識してるのよ。だから、遊ぶときは思いっ切り遊ぶの。まるでロケットみたいにね。フルチャージされたアイボだって、アタシの勢いに遭遇したら、きっと尻尾を巻いて逃亡するでしょうね。でも、アイボに尻尾を巻くなんて芸当、できるかしら。
 アタシは人間の言葉や感情、状況や置かれている立場が理解できるの。例えば、エムさんとお客さんが名刺交換をすれば、これからお仕事の話をするってことが予測できるでしょ。そういうときは、アタシはベッドにいって、おとなしくしてるの。でも、そのお仕事の話が終わって、もっとリラックスした話題になると、アタシはお客さんの所へ飛んでいって、遊んでもらうんだわ。
「あれ、この盲導犬、どうしたんですか。さっきとは別のワンちゃんみたいに、尻尾を振って遊ぼうとしてますよ」
 取材にきた記者の人がエムさんに聞くと、
「アリーナは取材が終わったことを知っているんですよ。じっと私たちの会話を聞いていて、それから雰囲気が柔らかくなったのを感じるんでしょうね。犬は人間の考えているより、はるかに利口なんです」
なあんて、エムさんはアタシの自慢をしてくれるんだわ。
 盲導犬が緊張とストレスの連続で、長生きできないなんて誤解や迷信はやめて。得意そうに、そういう話をアタシの前でするお馬鹿な人間もいるくらい。きっと頭の悪いディレクターの制作した、くだらない「お涙頂戴」の盲導犬番組かなんか、見たんでしょうね。ま、可哀相な話を好む人は大勢いるから。あの人は可哀相で、私は幸せ。そう思いたい人がいるのよ。
 この間、コボちゃんとお散歩してたら、ブラックラブに出会ったの。静かな犬の青年って感じ。でね、そのご主人がアタシのことを四歳くらいかって、コボちゃんに聞いたの。ね、アタシは若く見られるでしょ。そのブラックラブも四歳なんだけど、毛並みが黒いから、白髪が目立つのね。で、アタシはイエローラブなんだけど、顔なんか白髪だらけ。でもね、その顔がホワイトラブに間違えられるみたい。それに、アタシはプロポーションがよくて、瞳は輝いて魅力的なの。歩くスピードもリズムも若々しいし。と、コボちゃんがいってます。別にアタシの自惚れではありませんよーだ。
 つまり、アタシが若いのは、盲導犬だからなのよ。きちんとした食事。きちんとした『シツケ』適度な緊張。そしてリラクゼーション。ワンちゃんは遊ぶことも好きだけど、仕事をしているプライドや緊張感が必要なの。自分が人間社会から愛され、必要とされている充実感が大切なんでしょうね。で、アタシは毎日が楽しくて、そして幸せなんだワン。


この絵本の売り上げの一部は全国の七つの盲導犬教会で盲導犬育成に使用されます。


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