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【その9】 2001年 某月某日

 アタシは人間でいうと六十歳ちょっと。犬の年齢では十一と半年。ま、女ざかり。ちょっと図々しいかなあ。でも、犬生を振り返るという意味では適当な年頃かもね。で、今日は、これまでの旅の思い出なんか書いちゃおかな。それも乗り物について。でも、とりあえず思い出せるだけよ。
 思い出として残っている最初の旅って、どれかなあ。沢山あって、ちょっと浮かばない。盲導犬学校を卒業して、名古屋から東京への新幹線旅行もそのひとつだし。でも、あの旅は今のアタシにとっては小さな旅だったかもしれないけど、盲導犬としてのアタシにとっては大きな一歩だったわね。いずれにしても、いろいろと旅をするようになったのは1993年になってから。やっぱり新幹線の旅が多かったわね。あの年は神戸にも名古屋にもいったし、浜松なんかにもいったわね。みんなエムさんの展覧会でいったのよ。
 新幹線って、どうしてあんなに小刻みに揺れるのかしら。アタシは不愉快。だって、ゆっくりと寝てられないもん。それに、座席が邪魔をして、アタシの好きなマンウォッチングもできないし。ときどき通る人の足を見たりするだけ。新幹線はつまんない。眺めも悪いしね。

 ドライブには、よくいく。あっちこっち。それも一年中。ペンション絵夢にもいったわ。エムさんの車はオーストラリア製の三菱マグナ。大きいのよ。で、運転するのはコボちゃん。モチロンよね。エムさんが運転できるわけないもの。マグナちゃんは大きくて、アタシが車輌後部を独占するの。シートを倒して、全面ベッドみたいにしちゃうのよ。だから、前方も周囲もよく見えて、どんなに長いドライブも退屈しないし楽しいし。アタシはこのマグナちゃんでドライブするのが大好き。この車のおかげで、ずいぶんいろんな経験をしたわね。見聞を広めたってことになるかしら。タクシーや普通の乗用車だと、床に座っているから、景色がよく見えない。アタシはやっぱりマグナちゃんが好き。

 ホテルという場所も数えきれないほど経験したわ。いろんなホテルに泊まったの。高級ホテル。普通のホテル。ビジネスホテル。宿屋や旅館。でも、やっぱり盲導犬を歓迎してくれるホテルがいちばん。よかったのはあっちこっちのJALホテル。名古屋のANAホテルもよかったわね。泊まったことはないんだけど、よくいくのは新宿ヒルトンや京王プラザ。感じ、いいわよ。ニューヨークのエセックスハウスでは少しトラブッたけど、問題が解決したら、もうスッキリ。さすが合理主義のアメリカね。赤坂プリンスホテルの塀は高かったけど、やなせたかし先生のおかげでクリアーしたの。最初は監視のための従業員がついて、大袈裟だったけどね。でも、もう平気。アタシがプリンスホテルの盲導犬への壁を突破したのよ。このこと知ってた?うふ。

 ああ、乗り物のことだったわよね。わかってるって。そういうことで、とにかく沢山のホテルにいったってわけ。だから、今ではホテルの玄関を入った瞬間から、どこがエレベーター、どこがエスカレーターなんて、すぐにわかっちゃうの。ホテルのみんなも驚いているわよ。ね、エレベーターにエスカレーター。こういうのも、ちゃんとした乗り物でしょ。空港の動く歩道なんかも同じ。アタシ上手に乗るんだから。動く歩道の場合は思わずアタシも歩いちゃうんだけどさ。  またドライブの話になるんだけど、ときどき山梨県にドライブするの。友達がいたり用事があったりして。石和の温泉旅館に泊まったこともあるのよ。ここの女主人が素敵で、エムさんは嬉しいみたい。従業員のみんなもとても優しいし。ペンションにも泊まったことがあるわ。山梨県の小淵沢って場所。ネコのキロンも一緒に泊まったの。このペンションは動物OKなのよ。他の宿泊客は犬のアタシと猫のキロンが仲良くしてるのを見てビックリしてたわね。暑い夏のことよ。往復は中央高速をドライブ。途中のサービスエリアでは、アスファルトが熱くなっちゃって、アタシは足をジタバタ。だって、じっとしてたら足が焼けてしまいそうだったんだもん。

 最初の飛行機の旅は九州の福岡いきね。やっぱりエムさんの展覧会で。実をいうと、アタシは今でもよくわからないの。飛行機って、あれはなあに?とても不思議な部屋。長い屋根つきの橋を渡って、ドアを入るでしょ。アタシ、あのとき、ドアと橋のスキマをのぞくんだけど、地面が下に見えるの。すごく高い所なのってわかるわ。ねえ、あの変な部屋は何?飛行機ってどんな意味?言葉は知ってるけど、ホントはよくわかんない。で、同じドアを出るときは、さっきとは気温も匂いも違っているの。だから、アタシにも遠い場所にきたらしいってことだけはわかる。あっ、そうだ。飛行機ってさ、ううんと大きなエレベーターなのよ。ほらほら、エレベーターも、同じドアなのに、入るときと出るときと、場所が違っているもの。だから飛行機は大きいエレベーター。うん、納得、納得。それにしても、ずいぶんやかましいエレベーターね。それから、どうして耳が痛くなるのよ。アタシはツバをのみこんだり、アクビをして耳の調節するけどさ。ああ、あのフワフワとした不思議な部屋、本当はアタシ、あんまり好きじゃない。できたら乗りたくない。でも、キレイなお姉さんが沢山いることは好きね。この意見にはエムさんも賛成なはず。

 乗り物はいろいろと乗ったわ。タクシーにハイヤー。バスに電車。地下鉄は騒音がひどいわね。それに、階段がイヤ。だってさ、山登りみたいなんだもん。やっぱ、アタシはエスカレーターがないと、ハアハアゼイゼイになっちゃうの。それからカーフェリーというお船にも乗った。ちょっと揺れるけど、眺めがよかったなあ。でもね、最近のカーフェリーって、まるで揺れないの。知ってた?あの「海ホタル」っていうカーフェリー。あれ、揺れないわよう。ホント。なんだか地面にくっついてるみたいに揺れないお船。あれはつまんない。ええっ。あれ、お船じゃないって。ウソ。車でいって、車を降りたら船のデッキ。ちゃんとしたカーフェリーじゃないの。どこが違うのさ。ウソいわないでよ。
 蒸気機関車にも乗ったわ。ボーッ。シュッシュッポッポッ。煙の匂いがしてさ。でも、どうして蒸気機関車の客車って古いんだろ。あれをレトロっていうんだろうか。それから登山電車にも乗った。傾いているから、ちょっと疲れる。

 千葉県にあるネズミのお国に毎年いくの。エムさんもコボちゃんもあそこが好きみたい。アタシも好きよ。ネズミのマーチが聞こえると、アタシも駐車場でスキップしちゃう。あそこには、おかしな乗り物があって、アタシもエムさんと一緒に乗るんだわ。ええとね、カリブの海賊。大砲や鉄砲の音がして、アタシは好きじゃない。だけど、ホーンテッドマンションは面白い。乗り物が上下したりクルクルと回転したり。それに楽しい墓場もあるし。あそこには犬の幽霊がいて、アタシも一緒に吠えたくなっちゃった。アタシは2回も乗ったけど、また乗りたいなあ。大好きなのがウェスタンリバー鉄道とマークトゥエイン号。蒸気機関車と蒸気船なんだけど、これも眺めがいいの。それに、動物が沢山見られるの。アメリカの先住民にも会えるわ。でもね、同じ船でもジャングルクルーズは二度と乗りたくない。アタシは動物が好きだけど、猛獣は苦手。水からカバが突然現れたりすると、もう駄目。それに、船のお兄さんがピストルを打つんだもん。火薬の匂いがしてさ。ああ、やだやだ。やっぱり気楽なのはイッツ ア スモールワールドね。あのボートはいいわ。小さな人形たちの踊りも音楽も楽しいし。でも、ひとつだけ変なことある。せっかく乗り物に乗ったのに、あのネズミのお国では同じ所へ帰るの。これって、どういうわけなのかしらね?

この絵本の売り上げの一部は全国の七つの盲導犬教会で盲導犬育成に使用されます。


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