◆ ワリさんとリムさん
「ワムさんとリムさん」は少しばかり長いものです。そして、ちょっと古い作品なのですが、とうとうやってきた三千年期が戦争のない千年でありますよう、その願いをこめて掲載するものです。興味のある方は是非お読みください。
*** ワムさんとリムさん ***
★1
北国の春です。長い冬の間にふりつもった雪が小川となって流れ出し、野原をおおっていた氷は薄氷となってぱりぱり消えていきます。そして現れた黒い地面に、もっこり草の芽が顔を出しました。南の国からふいてくる風は、もう花の香りでいっぱい。北国の、待ちに待った春なのです。 ぴーちく、ぱーちく、ヒバリの声が落ちてくる空の高みから、太陽が土に、やわらかな光をなげかけます。
「ざくっ、ざくっ」
くわがふりおろされる土はビロードのようにしっとりと足の裏を包みこみ、そっとくすぐります。
「やあ、春だねえ」
くわを休めてワムさんがいいました。
「ああ、やっとだねえ」
隣の畑でリムさんがこたえます。ここは北の森に囲まれたちっぽけな畑。若いワムさんとリムさんは小さい頃から大の仲よし。ふたりは一緒に町を出て、力を合わせて一生懸命に森を開き、ふたりだけの農村、ささやかな農地を作ったのでした。
「ああ、花嫁さんがきてくれたらなあ。そうしたら、にぎやかになるだろうねえ」
ワムさんが遠くを見る目でいいました。
「うん、きっとそうだろう。でも、君だけじゃずるいなあ。ぼくらはいつも一緒だったから、結婚式も一緒だよ」
きらきら太陽の光を、畑の野菜達が手の平いっぱいに受け取っています。今は夏。ワムさんとリムさんは大粒の汗を、ぽたぽた落としながら雑草をむしっています。
「おかげさまで、いいお天気ばかり。このままいくと、きっと今年は豊作になるねえ」
ワムさんが腰をのばしのばし、いいました。
「ああ。そうなったら、ふたり一緒に花嫁さんにきてもらえるねえ」
リムさんも、ゆらゆらかげろうの草の群れから立ちあがり、首にまいたタオルで汗をふきふき返事をしました。
ごおっと森が鳴りました。ものすごい風がやってきて、タマゴみたいな氷のかけらがどしどしと麦の穂をたたきます。季節はずれの嵐なのです。
「せっかくの作物が台無しだ」
ワムさんとリムさんはがっくりと肩を落としました。それでも、すぐにふたりは無事な作物を収穫しなければなりません。もうすぐ、長く厳しい北国の冬がやってくるからです。
色づいた木の葉が散ってしまうと、もう季節は雪化粧。四方の山の頂は白い帽子をかぶります。やがて森や畑、ふたりの家のまわりも白一色になってしまいました。
「リムさん。食べ物は、まだ大丈夫かい」
「それより、ワムさんこそ」
ふたりは助け合いながら、遠い春を待ちながら、この冬を暮らしていくのでした。
ぎらぎらと白い景色が目をしばしばさせる晴れた日、ひと群れの兵隊がやってきて、ふたりの家の間に一本の赤い旗を立てました。ワムさんとリムさんが外に出ると、サーベルをさげたヒゲの軍人が威張りくさっていいました。
「このむこうの山に石油が出たのだ。そこで大将閣下からご命令がくだった。本日から、この旗の南は我が国。北は隣の国となる。心しておけよ。お前ら、これからは違う国の民となるのだ」
★2
ふたりの間に国境ができたからって、ワムさんとリムさん、やっぱり昔とおんなじ大の仲よし。冬が厳しくなり、雪が深くなればなるほど、ふたりのお互いを思い合う気持ちは熱くなるのでした。
ワムさんとリムさんは力を合わせて屋根の雪をおろします。大雪のふった朝、ふたりはそれぞれの玄関から新雪を掘ってトンネルみたいな道を作ります。
「やあ、リムさん。おはよう」
「ああ、ワムさん。おはよう」
それから食べ物を持ち寄って、ふたり仲よく朝食。いつまでも楽しいおしゃべりをするのでした。
ある星のまたたく晩、ワムさんの家の方角で物音がしました。ちょっと心配でしたが、昼間の雪かきで疲れていたリムさんはそのまま眠ってしまいました。でも、翌朝一番にワムさんの家へ、雪をかきかき、かけつけました。すると大変。誰もいないのです。リムさんは突然わけもわからず、音のない冬に囲まれたまんま、ひとりぽっちになってしまったのです。
「ああ、ワムさんは一体どこにいってしまったんだろう。こんな雪の中で無事にいるのだろうか。元気でいるのだろうか」
リムさんは心配で心配でたまりません。でも、どんどん雪は深くなるばかり。さがしにいくどころか、家から一歩も出られなくなってしまいました。やっと長い冬が終り、雪がとけ始めるとすぐ、リムさんはワムさんをさがす旅の支度を始めました。
いよいよ出かけようとすると、リムさんの家に見慣れない軍隊がやってきました。
「これから、お前は兵隊として我が軍に参加することになった。さあ、くるんだ!」
「はい。そうしなければならないのなら、そうします。でも、隣のワムさんが見つかるまで待ってはくれませんか。それに、もしワムさんが帰ってきても、黙っていってしまっては心配しますし」
「駄目だ、駄目。隣は、もう別の国じゃないか。今や、その人間はお前の敵なのだぞ」
リムさんはトラックに乗せられて連れていかれました。
それからのリムさん。くわのかわりに重たい鉄砲。麦藁帽子はいかつい鉄帽。ベルトにごとごと弾の箱。がしゃがしゃ鳴るのはぎらぎら銃剣。自分の背中より大きな背嚢。兵隊姿の悲しいリムさんは、くる日もくる日も訓練をさせられるのでした。
「撃て。撃て。よく狙って撃つんだぞ。撃たなきゃ、お前が殺される。敵は鬼だ。畜生だ。どんどん撃って、どんどん殺せ」
どんぱち、どんぱち。鉄砲や弾のはぜる音。射撃訓練が終れば、雨でぬかるんだジャングルをべとべと進み、乾いた荒野をからから歩き、日が暮れて星が出ようと、どこまでも行進させられるのでした。
「これでお前も立派な兵隊だ。さあ、これからは、ひとりでも多くの敵をやっつけるのだぞ!」
昼間の訓練で、しなしなになった体を横たえて眠っていたリムさんは、突如として鳴り響くラッパに起こされました。
「さあ、戦争だ。出動だ。進めや、進め。いざ進め。憎い敵をやっつけろ。ひとり残らずやっつけろ!」
隊長はずらり並んだ兵隊に号令をかけると、自分は列の最後について出発するのでした。
★3
遠くの原っぱに、ぱっと黒く土煙が立ちあがりました。それから腹に響くような音がやってきます。
「ず、ずーん」
今度は、近くの白樺林が木っ端微塵にふっ飛びました。
「ば、ばあん!」
それを合図に、たちまち雨のように大砲の弾が飛んできました。
「だ、だ、だ、だ。ひゅ、ひゅーん」
リムさんのすぐそばを弾丸がかすめていきます。ここは戦場。みんな戦争をしているのです。わあわあという声が渦となって、ぐるぐる回り、だんだん近くにやってきました。
リムさんは味方の先頭に立たされていましたから、一番初めに敵と刃をかわさなければなりません。もう敵軍は目の前。相手の顔がはっきりと見えるのです。みんな、目がつり上がって鬼のよう。リムさんは怖くなって、足がふるえてがくがくしました。
「うわおう!」
「ずっしーん。ばばーん」
味方と敵が入り乱れ、飛んでくる弾丸も、もうどちらのものかわかりません。と、リムさんの目に銃をかまえた敵軍の兵士が映りました。
「わあっ、殺される」
リムさんは無我夢中で引き金をしぼりました。銃声ひとつ。敵兵は、どっと後ろにはじかれたのです。
「どっしーん!」
はっとする間もなく、リムさんの体もふき飛ばされました。近くで砲弾が炸裂したらしいのですが、気の遠くなったリムさんには、もう何が何だかわかりません。
ふっとリムさんは気がつきました。ぼんやり目をあけると、空には星がちらちらまたたいていました。静かな夜です。物音ひとつしません。でも、静寂に慣れてくると、あちらこちらからただならぬ気配がします。それは負傷兵達のうめきでした。すぐ隣に敵兵が倒れています。さっき、リムさんが倒した敵兵らしいのですが、死んだように動きません。おそるおそるリムさんがのぞくと、あの敵兵の鬼のようだった顔が星明かりでよく見えました。
「ああっ」
リムさんはおののきました。それはワムさんだったからです。
「しっかり。しっかりして!」
リムさんは叫びました。ぼろぼろナミダがこぼれてワムさんの顔がよく見えなくなっても、大切な友と自分を励ましながら、夢中で声をかけ続けました。
「う、ううん…」
小さくワムさんの体が動きました。
「わかるかい。ぼくだよ、ぼく。リムだよ」
「ああ…。君だったのか」
ワムさんは消えそうな声でこたえました。
「ああ、悪かった。でも、ぼくが君を忘れてしまったわけじゃあ、ないんだ。あのとき、ただワムさんが鬼に見えたんだよ」
「リムさんこそ、鬼みたいだったよ」
ふたりはしっかりと手を取り合いました。
「こんなのは、もういやだねえ」
「ああ。もういやだ」
「また畑に戻って、一生懸命に働いて、一緒に花嫁さんをもらおうねえ」
それっきりワムさんは何もいわなくなり、リムさんは、いつまでも声なく体をふるわせていました。
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