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◆クリスタル天文台
 
 凍結していた地平線がゆるんでいきます。すると突然、ダイアモンドをちりばめた空にルーシーのギター旋律が飛んでいきました。このコード進行こそが収斂宇宙の物質崩壊末期特有の春の告知なのでした。まだとんがったまんまの六角形が混入している残雪の大地から、熱い吐息がもれました。野原の目覚めです。ほら、小さな緑の集合体が、みるみる頭を出したでしょう。植物群の発芽です。こんな世界でも、生命活動は継続していたのですね。あの丘のてっぺんでも、惰眠をむさぼっていた愚かなる隠者、集合記憶の結晶体エム氏が春の前奏曲を聴いているに違いありません。ちょっと、彼の独り言に耳を傾けるのも愉快な暇潰しになるかもしれませんよ。
「ああ、またひとつ惑星がブラックホールに喰われてしまった。すぐに報告書にしなくっちゃ。こうなると、クリスタル天文台の番人も楽じゃあないなあ。この地上から機械文明が消滅したんで、少しは静かになると思っていたのに。まさか、膨脹宇宙が収斂期に転じるとは考えてもみなかった。こうなると、因果律もあったもんじゃない。無茶苦茶だ。あの空のダイアモンドだって、いきなり出現したホワイトホールの大群なんだぜ。昼間っから太陽より明るく輝いてやがる。やっぱり、宇宙全体がブラックホールだらけになったのがいけないんだろうなあ。あああ。せっかく冬眠してたのに。また春になっちゃった。今年になって、俺がルーシーの子守歌を聴くのは何度目になるんだろ。これで、すぐに夏になるんだから、やりきれないよ、もう…」
「また愚痴かい。君も結晶体になったんだから、もっと落ち着きなよ。いやしくも、世界の観察者なんだからさ」
「誰かと思ったら天使じゃないか。もう青虫から孵化しちゃったのかい。早過ぎるよ。こんなに季節が早変わりすると、お花畑も結実する前に枯れちまうんじゃないか」
「そりゃあ困る。ぼくの出番がなくなるよ。すぐに花粉や蜜を運ばなくっちゃ」
「それより、あの騒音が何だか知ってるかい。あんなに空が黒く煙ってさ。まさか、ブラックホールが地上に衝突したんじゃあるまいね。そんなの困るよ。これ以上、クリスタル天文台が忙しくなっては、やりきれないからね」
「あれは文明末期の都市が蘇生したんだ。宇宙が縮み出してから、因果律が逆転したおかげで、歴史が逆行し始めたらしいんだ」
「記憶の蜃気楼じゃないのか。だって、歴史が逆行してるなら、時間だって逆転するはずだ。会話も成立しない。それなのに、俺達の論理展開は理屈に合ってるじゃないか」「そこが収縮宇宙の不思議さ。歴史も時間も均一じゃあない。歴史が逆行してる時空間もあれば、時間が加速してる領域もある。その証拠が、この季節の早変わりじゃないか」
「なるほど。それは正しい見解かもしれんな」
「さあ、仕事にいかなくちゃ。そろそろ、君も勤務に戻った方がいいんじゃないのかな。あ、誰か人がくる。じゃ、ぼくはいくよ」
「人がくるだって。馬鹿な。俺は、この世界唯一のヒューマノイドじゃなかったのか」
「その謎は自分で解くんだね。それじゃあ」
 天使の声が遠くなると同時に、クリスタル天文台の扉をたたく者がおりました。
「はいはい。天文台に、どんな御用でしょう。そもそも、あんたって人は誰なのですか」
「わしは有名な宇宙物理学者じゃよ」
「それで天文台に御用なんですね」
「天文台じゃと。ふん。笑わせるな。こいつは、ただの石コロじゃ。わしの天文台はな、電子工学と集積回路の結晶体じゃった。こんな水晶なんかじゃない」
「ここは、あんたのいた世界と世界が違うんだ。それに、あんたはただの蜃気楼なんだぜ。大きな口をたたくんじゃない」
「わしが蜃気楼だと。ふざけてはいかん。蜃気楼はしゃべったりせんぞ」
「それもそうだな。それじゃ、蜃気楼じゃなくて、過去の幻だ。歴史の遺物だ。逆行時間、収斂宇宙の副産物だ。文句あるか」
「収斂宇宙じゃと。ここは、そんな世界なのか。わしは、どうなっちまったんじゃろう」
「あんた、宇宙物理学者なんだろう。それじゃ理解可能のはずだぜ。要するに、宇宙が膨脹から収縮に転じたってわけだよ。震動宇宙の典型的パターンだ」
「震動宇宙説は、やっぱり正しかったのか。すると、わしは因果律の狂った世界に迷いこんだというわけじゃな。そりゃあ、困った」「あんたは困ってるけど、俺は楽しんでる」
「わしは混乱を楽しめるほど若くはない」
「それなら心配するな。なにしろ、あんたは収斂宇宙の副産物なんだからな」
「どういうことじゃな、そいつは?」
「歴史が逆転して、すぐにあんたは若くなるってことさ。ほら、頭に毛がはえてきたぞ」
「あれ、本当だ。ぼく、若くなっちゃった。その証拠に、理解力がパワーアップしたもん」
「あんたは逆行歴史に生きてるのさ。結果が原因より先にくる世界にね」
「若くなるっていいねえ。ぼくは老人のときに考えたもんだよ。若ささえ手に入れば、地位も名誉も財産も、何もいらないってね」
「夢が実現して、よかったな。おめでとう」
「この世界じゃ、いつもこうなのかい?」
「天使がいってたけど、そうらしいぜ。このおかしな世界じゃ、滅びた人間達も復活する。ほら、あそこの墓地で老人が誕生した」
「墓地での誕生は愉快じゃないねえ。バースデイが葬式で、赤ちゃんが皺だらけだもん」
「赤ん坊ってのは、最初っから皺だらけなもんさ。それから毛がはえ、歯もはえる。だんだん活発になる。あんたと同じじゃないか」
「オギャーッ。バブバブ…」
「あれ、本物の赤ん坊になっちゃった」
「…」
「あれあれ。とうとう、生まれる前の世界にいっちゃった。お誕生日、おめでとさん」




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