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◆ ふたりの仕事

 ライトアップされたベイエリア。光を映す黒い海面。そのシャンデリアのような夜景を横に見ながら、「さざなみハイウェイ」を疾走するリムジン一台。行き先は埋立地の突端にひっそりとたたずむ花火工場。やがて高級車はオンボロ軽トラックが駐車している空き地で止まりました。ドアが開き、現れた人影ひとつ。それは世界最大の遊園地のオーナー、エヌ氏のがっしりとした姿でした。彼はハイスクール時代からの親友、エム氏を訪ねてきたところなのです。
「ここで待っていてくれたまえ」
 運転手に声をかけてから、エヌ氏は二階建の工場を見上げました。ダイアモンドダストのように星の凍る空の下、ひとつだけ黄色く明かりのともった窓がありました。エヌ氏はそれを確認してから、慣れた足どりで建物の裏にある通用口の階段を上がっていきました。
「ぼくだ。入るよ」
「ああ。悪いな、忙しいのに呼び出して…」
 ドアが開くとエム氏は椅子に座ったまま手をのばします。ふたは固い握手をしました。
「とにかく見てもらいたいものがあってね」
「それより、どうなんだい?目の具合は」
「悪くなるばかりさ。だから君に見てもらうんだ。こんな目じゃ頼りにならないからね」
 エム氏はちょっと名の知られた花火師でしたが、重大な眼病で苦しんでいたのです。そしてつい先日、医師から失明を宣告されたばかりでした。
 「これなんだ」
 不運な花火師はガラス瓶に密封された粉末をエヌ氏に見せました。それを金属製の皿にほんの少し落とし、部屋を真っ暗にしました。
「君の確かな目で確認してくれ」
「うん」
 暗黒に沈黙が流れます。と、金属の皿の中に、ぽっと蛍のような冷たい光が現れました。エヌ氏はちょっと驚いて、闇に青白く浮かんだ親友の自信にあふれた顔に問いかけるような視線を送りました。
「…」
「さあ、これからだよ」
 蛍のような燐光は輝きを増し、煙のようにゆらぎ、ゆっくりと七色に変化していきます。そして静かに消えました。皿の中には何も残ってはいません。まるで粉末の全てが光になって蒸発してしまったみたいなのです。
「聞かせてくれ。君の目に、どう映ったか」
「こんな不思議な色と光は見たことがない…」
 やっとのことでエヌ氏は声を発しました。
「これはまるで新しい花火なんだ。これまでの火薬とは全く違う。君は熱を感じなかっただろう。この発光には火を一切使わない。ただ、空気に触れさせるだけで、ゆっくりとした化学変化が生じる。そして、時間をかけて千変万化し、やがて蒸発してしまうんだ」
「どうして、これをぼくに見せたんだい?」
「最後の仕事を君とするためさ」
 今世紀最後の大晦日、午後十一時半。新世紀の午前〇時〇分を迎える市民で、エヌ氏の遊園地は満員でした。雲ひとつない星空にヘリポートからゆっくりと無灯火の飛行船が浮上していきます。その勇姿を見守るエヌ氏。
「今、離陸したよ。分かるかい?」
「いや。まるで音がしないからね」
「君に聞こえないくらいだから、誰も気づかないだろう。きっと成功するさ」
 親友のかたわらで、盲導犬を従えたエム氏は見えない空を仰いでいました。やがて遠くに、かすかなエンジン音。飛行船が軌道を修正し、予定のコースにつくところなのです。
「今、十一時四十五分。もうすぐ散布開始。今世紀最後にして最大のショウが始まるぞ」
 ふっとベイエリア一帯の照明が消えました。どよめく群衆。それを制するようにアナウンスが響き渡りました。
「これは停電ではありません。予定のプログラムなのです。さあ、これから新しい世紀の到来を一緒に祝いましょう」
 どよめきが静寂へと変わります。人々の目が慣れてくると、水平線と街のシルエットにダイアモンドをちりばめたような星空がくっきりと浮かびました。湾の対岸に遠く灯台が点滅し、もやのように町の明かりがけぶっています。停泊する船の全ては灯火を落とし、ヘリコプターの爆音ひとつ聞こえません。
「十一時五十分。全て予定通り。おまけに、いい風までふいてきた。ショウの幕あけだ」
 エヌ氏の言葉が終ると同時に、空の一点から光が走りました。それはぐんぐん広がり、輝きを増していきます。再び、どよめきが上がりました。
「オーロラだ。都会の空にオーロラが現れた」
 七色に変化する光の帯は風になびき、流され、静寂の中で踊り始めました。オーロラダンサーがステップを変え、衣装を変える度に、群衆から歓喜の声がわき起こります。
「聞こえるかい。君の仕事を賞賛する歓声が」
 エヌ氏は親友の肩をそっと抱きました。
「いや、見える。見えるんだ。あの声に夜空できらめく光や色が見えるんだ。ぼくはこれからも花火師を続けていけそうな気がするよ」
 〇時〇分。湾に停泊する船の全てが汽笛を発し、それに呼応して百万の鐘が鳴らされました。そして開いた無数の花。轟く雷鳴。見事なショウを見せてくれた光の帯と、幕を閉じようとしている世紀を讃え祝福して、ベイエリアに仕掛けられた打ち上げ花火が一斉に炸裂したのです。そして、時計は新しい世紀の一秒一秒を刻み出しました。
「いい仕事をしたな」
「みんな、君のおかげさ」
 空と水に踊り続ける光の乱舞は、世紀の仕事を完成させたふたつの人影と一頭の犬を、いつまでも照らし続けていました。



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